オーケストラの季節が始まった

先週の土曜日に、私が所属しているオーケストラの練習が始まった。

これから、7月2日(日)の演奏会までの3カ月、毎週1回練習がある。

 

土曜日は、ビオラのパート練習が4時間、

その後に、池袋の芸術劇場に移動してオーケストラの練習が4時間。

 

合計8時間、ビオラを弾いていた計算になる。

 

私、ビオラ弾くの下手なんす。

土曜日の練習でプルト(※)を組んでいたRさん申し訳なくて、申し訳なくて

冷や汗が出た。比喩的な表現ではなく、本当に。

※ 譜面台のこと。オーケストラでは弦楽器奏者が2人で1台の譜面台を見ることから、奏者2人を1プルトと数える。

 

それなのに。練習が終わった後、Rさんは

「ひかるちゃんとプルト組んでいたら、ひかるちゃんが復帰したんだぁって思って

ウルっときちゃった。泣かないようにしなきゃ! って思った」と言ってくれた。

 

マジすか‼? しょんぼりしていた気持ちが、パッと華やいだ。

 

以前にも似たようなことを書いたけれど、

フリーランスで仕事をしていると、

「ギャラの分は、しっかり仕事をしなければ!」という意識が強くて

イコール それは、「役に立つ人でいなければ!」という気持ちになる。

 

その方程式でいくと、

弾けない私。は、オーケストラの中に存在してはいけない訳でして。

「すいません!!!!」と、小さく謙虚に存在している(つもり)。

 

それなのに、トップ奏者を務めるほど弾けているRさんが、

弾けない私のことを、そんなふうに思ってくれるって、スゴいなと思った。

 

ビオラが弾けない私。が、オーケストラの中で存在するためには

ビオラが弾けるようになる。しかないと思っていて。

 

でも、そういう方向ではない存在の仕方もあるのではないか?

 

いや、勿論、練習は、できる範囲でちゃんとやるけれど、

「ちゃんと弾ける地点に辿り着かないと、意味がない!」みたいに捉えていると

ビオラを弾いている多くの時間が、苦しみになってしまう・・。

 

この話は、10代の頃から延々と考え続けている話で。

 

だからこそ。

恥じをしのんで、自分がどう変化していったかを公開していきたいと

思っている。

 

とりあえず。2017年春は、一度、体調崩してます。(ほんと、アホ)

10代の頃から、あんまり進歩してないのか‼? 疑惑がプンプンするけれど・・。