奉納 靖国神社 夜桜能 

夜桜能

【日本最古の木造能楽堂と満開の夜桜】

 

昨晩、靖国神社で夜桜能を見てきた。

いつもの如く、パタちゃんがチケットをとってくれた。

 

能は、継承されている演劇としては世界最古といわれている。

 

微動だにしない。と表現したくなるほど、舞台の上で、ほとんど動かない。

 

クラッシック音楽もそうだけれど、時代を遡れば遡るほど、

芸術は、シンプルな形になる。

バロック音楽なんて、とってもシンプルな編成での演奏だもの。

 

昔の人は、あの動きで、さまざまな感情を受け取れたんだよな、

よっぽど感性が研ぎ澄まされていたんだろう、と思った。

 

いやいや、反対だ。

 

研ぎ澄ますのではなく、

「自然界にない音」や「映像」なんていう刺激はなかったから、

人間本来が持っている感覚そのままで、生きていたのだろう。

 

その感性があったから、森の精霊といった、

ささやかな神さまと一緒に暮らしていたんだろうなぁ、といったことを感じた。

 

イヤホンガイドを借りたのは、大正解。

 

不勉強で無知な私には、舞台を見ているだけだったら

「何のこっちゃ??」だった。

 

印象に残った解説は、

 

「能は、舞台の上で表現するというよりも、

その場を掌握するために舞うものだ」

 

というくだり。言い回しは、多少、違ったかもしれないが・・。

 

舞台に上がったのであれば、「表現しなければいけない」と

現代人の私は、半ば無意識に思っていたけれど。

 

場を掌握するために舞う

 

っていう感覚、なんか納得した。

 

音楽や舞踊、絵・・現在、『芸術』と呼ばれているものは、

そもそもは、単なる「人間の営みのひとつ」だったんだろう。

 

現在、『芸術』と呼ばれているものの起源、

それが何のために、どんなふうに始まったのか?

満開の夜桜のもと、そんなことに思いを馳せた幻想的な夜だった。

 

 

●プログラム覚書●

舞囃子 蝉丸 小倉敏克

狂言 呂蓮 野村萬斉

能 杜若 田崎隆三