家事における「ゴミ出し」のパワー配分について

2018.4.19

昨日、今日と

セルフネグレストについての原稿を書いている。

 

セルフネグレストって、自分の生活を維持する

「日常の家事」ができなくなること。

 

そうなると、自宅がゴミ屋敷みたいになっちゃう。

最近、社会問題化していて、若年層でも、

「セルフネグレストの果てに、孤独死」という事態が増えているそう。

 

その孤独死現場を、実際に片付けた

遺品整理業のプロフェッショナルに取材したのだが、

「ここで座ったまま、孤独死されていました」という写真、結構な衝撃だった。

 

人が、やっと一人座れるスペースだけあって、

周囲はうず高く累積したゴミ、また、ゴミ。

 

こんなに、ゴミって溜まるんだ!

 

そんなことを考えながら、本日は燃えるゴミを出しました。

 

5人家族ともなると、出るゴミもハンパなくて、

ゴミ出し。というのは、「一仕事」であるなぁ、と、

ゴミ箱を洗いながら思った。

(★燃えるゴミは、生ごみも含むので、ゴミ箱、結構、汚れるのだ)

 

家事というと、炊事、洗濯、掃除を思い浮かべて、

ゴミ出しという家事は、意外とスポットが当たらない。

 

それだけに、労力の配分をするのを忘れがちだけど、

ゴミを出すって、結構なパワーがいる。

 

ゴミを出したら、結構、エライ!

大きな家事を、ひとつやった!

 

そんなふうに思っても良いのではないか? と、

そんなことを考えた朝でした。