2018年 夏の読書 ~森鴎外、プルースト、孔子~

2018.7.30

毎年、夏は読書。ということで、

名作的なものに、挑戦はしている。(読み終えられないものも、多々、ある)

 

今年の候補は、タイトルの通り、森鴎外、プルースト、孔子。

 

それぞれについて、なぜ興味が沸いたのかの覚書です。

 

●森鴎外

 

60歳で没した鴎外だが、

「自分は石見の国(現在の島根県西部)の人、

森林太郎として死にたい」

というのが遺言だった。

 

軍医でも作家でも帝室博物館の総長でもなく、

一地方出身の一個人としての最期を迎えたいという望みである。(中略)

時代に応え、数々の役目を負った人生から解き放たれたかった、

との見解がある。

 

鴎外は死の寸前に、

「馬鹿馬鹿しい」とつぶやいたと言われている。

 

そんな感性を持つ鴎外に、ちょっと興味を持った。

 

 

●プルースト

 

とあるブログで、プルーストの「失われた時を求めて」の

高遠弘美訳が、わかりやすい。

と、読んだので。

 

「今までの訳は、何だったのか?」と思うほどだ

とまで書いてあったので、早速、図書館で入手。

 

高遠さんが「失われた時を求めて」を訳している時、東日本大震災があったそう。

そんな中、

「結局、人は自分の能力に見合ったことでしか社会貢献はできないということを、私ごとき者でも肝に命じた」

と、彼は読書ガイドの中で書いている。その仕事ぶりに興味がある。

が。

プルースト、もとい、おフランスものって、苦手なんだよなー。

 

根本的な人間の質として、フランス人っていう人達と自分とは、

全く異質だと、常日頃から感じているのです。

 

「せっかくの人生。一度は触れておくか!」と、

 

一応、頑張ってみまふ。

 

●孔子

 

こちらは、「論語」 金谷治訳注

 

論語は、外国語であることに加えて超絶な古典なので、

「原文」「読み下し」「現代語訳」と

3ステップでないと、読めない仕組みです。

 

それだけで、中国3000年のロマンを感じる。

 

論語がかかれたのは、B.C479年。

すごくない? その頃も人間がいたんだ! 的な?

 

でもね、言っていることは、いい意味で、普通なの。

それって、つまりは、普遍的なのかもしれない。

 

たとえば。

「老人には安心され、友達には、信ぜられ、

若ものにはしたわれたい」

 

ね? 普通な感じしない??

 

以上、この夏の読書目標でございました。