2026年3月14日に銀座で行われた飯守篤子さんの講演会は、あっという間に100席が満席となりました。記念すべき第1回から約1年、篤子ファンは着実に増え続けています。
今回の講演会は、パリで飲食コンサルタントとして活動する佐藤大輔さんを迎え、対談形式で行われました。同じヨーロッパでも、国が違えば価値観も市場も大きく異なります。では、日本人がヨーロッパで飲食業を営むとき、何が武器になるのか。
30年にわたりドイツとパリで店を展開してきた飯守篤子さんと、パリで飲食事業を手がける佐藤大輔さんの対談から、「海外で勝つためのリアル」を、【前編】【後編】にわけて紐解きます。
前編 : 日本人がヨーロッパで飲食業を営むとき、何が武器になるのか──フランスとドイツの勝ち筋から読み解く
後編 : 海外起業で勝つためのリアルQ&A──日本人がつまずくポイントと、その乗り越え方
飯守篤子 ドイツで起業30年の年商10億円社長。フランクフルトとパリに自分で飲食店を持ち、不動産業も営む。
佐藤大輔 フランス在住25年。パリで飲食事業の立ち上げ・展開を手がけるコンサルタント。元おむすび権兵衛パリ店長を務めるなど、投資家資本を活用した事業運営にも携わる。
海外での個人起業──最後に頼れるのは何か
篤子 数年前にパリの私の店から徒歩3分の場所に「おむすび権兵衛」ができるという話を聞いたんです。その店長が佐藤さんです。
篤子さんのパリの基軸店「たから」
篤子 開店の噂を聞きつけた頃は、「フランス人がおにぎりなんて、食べるわけないよね」と周囲の日本人と話していました。経営者の顔がわからないまま、工事の様子が気になって見に行く日々が続きました。やがてオープンすると、おにぎりは1個1.5ユーロ! 当時のパリの物価を考えると、あまりにも安い価格設定でした。「これは自殺行為だ」と、思いました。
最初はお客さんも少なく、「やっぱり難しいのではないか」と感じていましたが、店はあれよあれよと人気が出て毎日行列が途切れない繁盛店へと成長していきました。佐藤さんとは顔を合わせるうちに自然とご近所付き合いが始まり、すっかり仲良しになりました。お互い猫好きなので、猫の話だけで1時間は軽く話せる関係性です。
篤子さんの自宅で猫談義に花を咲かせる佐藤さん この訪問時の記事はコチラ
篤子 去年、私のパリの店でキッチンの換気口が壊れるというトラブルが起きました。「換気口がうるさい!」と近所から苦情が入り修理をしようと業者に依頼したのですが、三社続けて失敗! 「お金を先に払ったのに業者が来ない」「来たけど商品がダメ」「一回目は来たけど、作業がうまくいかなくて二回目は来ない」など、物事が全く進まないんです。
そんな悩みを佐藤さんにこぼすと、彼はこう言いました。「うん。僕もそのぐらいの苦労はしたよ。この人の方に連絡してみたら?」と紹介してもらった業者で、ようやく換気扇は直りました。もっとも、その仕事ぶりはビミョー。「え? なんでこの人紹介するの?」という感じではありましたが(笑)。
外国で日本人が個人で飲食店を営むということは、潤沢な資金を前提にした経営は難しく、想定外のトラブルも日常的に起こります。言葉や制度の壁、文化の違い──その一つひとつが、小さな経営にとっては大きな負荷になります。そうした環境の中で、最後に頼れるのは「人とのつながり」です。海外でお店をやっていると、一人ではどうにもならないことが本当に多いんです。だから、日本人同士で、お互いに抱えている問題を持ち寄って、「どうする?」と、話しながらやっています。ところで佐藤さんは、なぜフランスに来たのですか?
「好き」がそのまま武器になる国を選べ
佐藤 フランスに住み始めて25年が経ちました。なぜフランスに行こうと思ったのか? という原点を考えてみると、「もともと食べるのがすごく好きだった」ということに行きつきます。かなり食い意地の張った子どもで(笑)、 自分なりに「味はわかっている」という自負があったのですが、日本では「たくさん食べること」に、どこかネガティブなイメージがありました。
フランスは、「たくさん食べること」が「良いこと」なんです。「たくさん食べることができないとグルメじゃない」みたいな考え方です。いわば、食べることが丸ごと肯定される文化がある国です。その価値観に触れた時、すごくいい国だなと思って、「フランスに行きたい」と、ごく自然に思いました。
佐藤さんは、早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院の修士課程で食文化について研究していました。2001年に渡仏。リヨン第2大学大学院で学び、学生の身分のまま、食文化への関心をもとに飲食業でのコンサルタント業を始めました。
同じヨーロッパでも「食文化」が違う
篤子 私がドイツに住み始めた時、食文化の貧しさに本当にびっくりしました。朝はパン、昼は学生なら寮の食事、会社員なら社員食堂、そして夜もまたパン。「いつ普通のご飯を食べるのかな?」と、思っていました。ドイツ人は、家をピカピカに磨き上げ勤勉に働くなど暮らしの質は高いのですが、食に対する関心や優先順位は総じて低い印象です。
そんなドイツに住んでみて、「これなら日本の食文化を紹介できる。いける!」と、思いました。
篤子さんは、29歳でフランクフルトで航空会社・現地採用社員の副業として「寿司 am main」を開業。フランクフルトでタイプの異なる寿司店を3店舗まで拡大した後、40代に入って、パリに1958年創業の「たから」をM&Aで入手。パリセレブの台所と言われる人気店に育てる。
篤子 30年前のドイツで寿司を食べたことがある人は、ごく一握りでした。最初から受け入れられたわけではなく、つらい時期もありました。一方で、フランスの人は「食」で感動してくれるんです。もともと食文化が豊かで、私自身もパリの料理に触れたとき、「こんなに美味しいのか!」と驚きました。 ドイツはザワークラウトやソーセージといった伝統はあるものの、料理自体はここ数百年、進化していないという感覚があります。
フランクフルトとパリは距離にすれば約500キロ、日本でいうと「東京〜大阪」より少し短いくらいです。でも、言葉も違うし、食生活も文化もまったく違う。同じヨーロッパでも、ここまで違うのかと驚きました。
その国独自の規制はビジネスチャンス!
篤子 ドイツでパン屋やケーキ屋をやるには「マイスター」を取る必要があります。そうしないと、開店できない。マイスター制度は、職人としての資格制度で、取得するには専門学校に通いながら数年にわたる修業が必要になります。しかも、その多くが15歳や16歳から始める前提の教育で、社会に出てから資金を貯めて起業しようとする人にとっては、非常にハードルが高い仕組みです。
私も、ケーキ屋をやろうと思ったときに、その壁に当たりました。でも、参入障壁が高いということは、競合が入りにくいということです。たとえば、ピエール・エルメやラデュレのようなフランスの有名店が、簡単にドイツに進出してくることは考えにくい。 「じゃあ、ドイツでマカロンを焼く人は私一人かもしれない!」と、思ったんです。その瞬間、制約は障害ではなく、チャンスへと変わりました。
佐藤 フランスで飲食店を始めるとき、日本とは大きく異なる仕組みがあります。それが「営業権」という制度です。フランスでは、飲食店の数に一定の制限があり、新規で自由に出店することができません。そのため、既存の店舗を引き継ぐ、いわばM&Aのような形でスタートする必要があります。
どんなに小さなお店でも2000万~3000万円程度の営業権を買って始める必要があります。しかも価格は、過去の売上に応じて決まります。過去3年間の年商の平均が、そのまま営業権の相場になります。だから、繁盛しているお店ほど高くて、簡単には買えない。
この制度は、既存の飲食業を守るための仕組みでもあります。EU圏全体にも通じる、ある種の保護主義的な側面です。ただし、一度その中に入ってしまうと抜け道やいろんな方法も見えてきます。閉じているようでいて、内側には独自のルールと流動性がある。それがフランスの飲食業の特徴でもあります。
さらに興味深いのは、この仕組みが、料理人たちのキャリアの築き方にも影響している点です。一人の料理人が営業権を買って、自分の力でお店を大きくして、売って、また次を買う。そんな“ヤドカリ”みたいな動き方をしているんです。
お金の使い方で、その国がわかる
篤子 フランスには、ミシュランの星を獲得するようなシェフが次々と現れ、スターとして注目を集めていく文化がありますよね。料理人そのものが評価され、食が社会的な価値として確立されている。
一方で、ドイツではそうした光景はあまり見られません。もしフランスのようなスターシェフがドイツに進出したら成功するのではないか、そんな仮説も浮かびますが、そもそも前提となる市場がまだ十分に育っていないのです。
その背景にあるのは、「何にお金を使うか」という価値観の違いです。ドイツの人々は、食よりも住環境や車にお金をかけます。特別に裕福でなくても、家の中は驚くほど整っていて、無駄なものがなく、常に清潔に保たれている。物を増やさず、暮らしを合理的に整えることが当たり前の文化です。
さらに、高速道路網が整備されているドイツでは、車で長距離を移動すること自体が楽しみのひとつです。車は単なる移動手段ではなく、暮らしの質を支える重要な存在でもある。つまりドイツでは、「整った住まい」と「機能的な移動」に価値を置く社会なのです。
佐藤 フランスは、またまったく異なる顔を持っています。たとえばパリの街は、今や「車で移動する街」ではなくなりつつあります。道路は制限され、一方通行や通行止めが増え、中心部に車で入ること自体が難しくなっています。車に乗ったら最後、目的地にたどり着けない(笑)。政策としても、車を減らし、自転車や徒歩へとシフトさせる流れが加速しています。
篤子 先日、パリの街角で著名な日本人デザイナーが普通に信号待ちをしている姿を見かけました。パリは、人が歩き、偶然の出会いが生まれるのだと思います。
ドイツは地方分散型で、どの地域にも一定の機能が整っています。大都市に一極集中するのではなく、地方でも生活が成立する仕組みなんです。
佐藤 フランスは、パリへの集中が極端に進んでいます。パリは「パリという国」と言われるくらいです。
同じヨーロッパでも、ここまで違う。食文化、消費行動、都市設計――それらすべてが絡み合いながら、「どんなビジネスが成立するのか」が決まっていくのだと感じました。
日本食が、なぜ海外で勝てるのか?
佐藤 日本食は、今すごく脚光を浴びていますよね。以前は、日本文化といえば漫画やアニメが広がっていましたが、ヨーロッパでは「あれは子どものもの」というイメージが強い側面もあります。でも、日本食は違います。宗教の制約がある人でも食べられるし、幅広い層に届く可能性があるコンテンツだと思っています。
篤子 フランクフルトでも、食の風景はかなり変わってきています。アラブ系やトルコ系のお店が増えていて、ケバブなどはとても繁盛しています。移民の増加によって、その人たちの食文化が街に反映されているんです。一方で、ビーガンやベジタリアンの流れも強くなってきています。特にベルリンやミュンヘンなどの大都市では、食の選択肢そのものが大きく変わってきています。
そうした中で、日本食だけは少し独特な位置にあると感じています。宗教的な制約にも対応しやすく、グルテンフリーにもできる。つまり、日本食は「今の時代の食の条件」に合っているんです。
佐藤 特におにぎりはそうですね。具材を変えれば、宗教や食の制約に柔軟に対応できる。ベジタリアンでもいけるし、グルテンフリーでもある。
篤子 実際、パリでもおにぎりは一気に広がりましたよね。日本人だけでなく、現地の人が「おにぎり屋をやりたい」と言い出すくらいで。
佐藤 ただ、おにぎり単体というよりは、唐揚げとの組み合わせが強いんですよね。唐揚げ弁当は本当によく売れました。
篤子 唐揚げ、すごく人気ありますよね。チキンは身近な食材なのに、なぜか「唐揚げ」という形になると売れる。
佐藤 たぶん「KARAAGE」という言葉も含めて、一つの文化として受け取られているんだと思います。
篤子 日本の食は、まだまだ可能性がありますよね。「これいけるんじゃないか」と思うものが見つかると、やってみたくなる。私の場合は、目標から逆算するというより、「これできる」と決めて走るタイプなんです。
佐藤 ヨーロッパで抹茶ラテを最初に始めたのって、飯守さんですよね。
篤子 そう言われることもあります。18年ほど前にパティスリーを開いたとき、「抹茶でケーキを作ろう」と思ったのがきっかけです。当時、ヨーロッパでは抹茶自体がほとんど知られていませんでした。そのままでは伝わらない。だったらどうするかと考えて、「抹茶ラテ」にしたんです。ミルクと合わせて少し甘くすることで、飲みやすくする。「和菓子とお抹茶のセット」だとハードルが高いけれど、ラテにすれば受け入れられる。
最初は「海の匂いがする」「魚みたい」と言われましたけど(笑)、続けていくうちに少しずつ広がっていきました。今では抹茶ラテは世界中にありますが、当時は本当に誰もやっていなかったんです。
佐藤 抹茶については、飯守さんは世界的に見て、かなり初期のプレイヤーですよね。
海外起業は3つの戦い方がある
佐藤 僕はもともと飲食のコンサルタントなので、基本的には投資家の資金を預かって、お店を立ち上げて運営していくスタイルです。いわゆる「OPM(Other People’s Money)」ですね。他の人のお金で事業を動かす。自分で店舗を持つというよりは、立ち上げて、回していくのが仕事です。そういう意味では、オーナーとして経営してきた飯守さんとは立ち位置が違います。
篤子 佐藤さんと出会って、「あ、そういうやり方もあるんだ」と思いました。私はずっと、自分でやるしかないと思っていたので。誰かからお金を借りるとか、誰かの店を任されるとか、そういう発想がなかったんです。
全部、自分で始めて、自分で回して、大きくしていく。原価計算から始まって、窓を拭いて、「いらっしゃいませ」と言って。小さく始めて、少しずつ店舗を増やしていく。そういう形でやってきました。でも、「コンサルを入れる」というやり方もあるんですよね。最初に知っていたら、また違ったかもしれないなと思います。
考えてみると、起業には大きく3つのやり方があると思うんです。ひとつは、自己資金型(自分でお金を出して自分でやる)。ふたつ目は、投資家主導型(お金は投資家・経営はプロ)。イメージとしては飲食チェーン、教育事業の多店舗展開です。そして三つ目は、コンサル型(自分は頭脳・資金は他人)。
コンサルにお金はかかりますが、その分、ビジネスのスピードは一気に上がります。自分一人でやるよりも、車輪が大きく、モーターがついているような感覚で、進むのが早い。一方で、自分でやる場合はコストを抑えられるけれど、時間はかかるし、大きくするには限界もある。どれを選ぶかは、その人のスタイル次第です。
結局は、「そのプロセスを楽しめるかどうか」だと思うんです。どこに行くかよりも、「ここだ」と思った道を、自分を信じて進めるかどうか。それができる人は、一人でも歩いていける。そして気がつけば、ちゃんと目的地にたどり着いているのだと思います。
海外でわかる「日本人であること」の価値
佐藤 僕は学生時代に会社経営をスタートしているので、そもそも「自分でお金を出して店をやる」という選択肢がなかったんです。大学院で研究をしていて、収入もほとんどない状態でしたから。だから自然と、「人のお金で事業を動かす」という形になっていきました。当時の友人たちは料理人で、今ではミシュランの星を取っている人も多いです。
篤子 友人のオーナー料理人の存在は、佐藤さんに何か影響を与えましたか?
佐藤 当時はすごく悩みましたね。周りのシェフたちがどんどんミシュランで星を取り始めていく中で、自分は食文化の研究をしていても、料理が作れるわけではない。シェフたちは料理もできて、ネットワークもあって、すべてを持っているように見える。その中で、「自分の立ち位置はどこなんだろう」と、ずっと考えていました。
篤子 いい環境だからこそ、悩むんですよね。フランスで美味しいものに囲まれて、研究もしていて、人とのつながりもある。恵まれているように見えるからこそ、「自分は何ができるのか」と問い続けることになる。
佐藤 そうですね。今となっては当時の仲間は戦友のような存在ですが、当時は本当に苦しかったです。
篤子 でも結局、自分の価値って、自分で決めるしかないんですよね。海外に出てみるとすぐにわかりますが、「日本人である」というだけで、すでに高い価値があるんです。そこを自分で評価できないから、「資格を取ろう」とか「もっと勉強しよう」と考えてしまう。
海外では、「自分をどう評価しているか」がそのまま伝わります。自分を低く見ていれば、その評価がそのまま相手にも伝わる。逆に、経験が少なくても「自分はできる」と思っている人は、そのまま評価される。ドイツでもフランスでも、それは同じです。
だから海外でやっていくなら、「自分には価値がある」と思えるかどうかが、とても重要です。
佐藤 実際、「日本人としてのベースの力」はかなり高いと思います。うちのスタッフを見ていても、それを感じます。たとえば掃除ひとつ取っても、日本では当たり前にできることが、海外ではできない人も多い。学校で掃除をする文化がないので、そもそもやり方がわからないんです。
これまで日本はモノを輸出してきましたが、これからは無形の価値の方が大きくなっていくと思います。掃除の仕方や仕事の進め方など、目には見えない部分に価値がある。実際、フランス国鉄がJRの清掃を学びに来ているくらいです。
篤子 ドイツでは、日本人の「禅」の考え方にも関心が高いんです。本を読んだり、研究したりしている人も多い。おもてなしもそうですが、日本人にとって当たり前のことが、海外では価値として受け取られる。
つまり、日本人にしかできない感覚や文化そのものが、これからの時代はビジネスになる可能性があると思います。
海外で勝つために必要なこと
いかがでしたか? 筆者は同じヨーロッパでも、国によって食文化も、消費行動も、都市のあり方も大きく異なることに驚きました。
だからこそ大切なのは、「何をやるか」よりも、「どこで、どうやるか」を見極めること。
たとえば、飯守さんは抹茶をラテにする。佐藤さんはおにぎりと唐揚げを組み合わせる――そうした小さな工夫の積み重ねが、その国で受け入れられる形を生み出して行った。つまり、その国の文化に合わせて、自分の持っているものを「翻訳」していく力が必要なのだと感じました。
今回、私自身が強く心に残ったのは、「自分の価値をどう捉えるか」という問いでした。
日本人であるというだけで、すでに高い価値を持っている。
この一言は、深く刺さりました。特別なスキルや資格があるからではなく、すでに持っているものに気づき、それをどう活かすか。実践ベースで勝ってきた人たちの言葉は、やはり説得力が違います。
そしてもう一つ印象に残ったのは、「プロセスを楽しむ」という姿勢です。「ここだ」と思った道を、自分を信じて進む。——いつも楽しそうに生きている篤子さんの在り方そのものが、その言葉の重みを裏打ちしていました。
後編 では「海外起業で勝つためのリアルQ&A──日本人がつまずくポイントと、その乗り越え方」と題し、会場から寄せられたリアルな質問に対して、お二人が率直に答えていきます。日本人として海外で生きていくとき、何が強みになり、どこでつまずき、どう乗り越えていくのか? その具体が、より立体的に見えてきます。