2026.5.29

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昨日、実家の両親の食卓にかけるビニールをユザワヤに買いに行った。ありとあらゆる「素材」があって、心の底から、「私、不器用でよかった!」と思った。
中学の頃だったか、裁縫が苦手すぎて家庭科が2だった記憶がある。手芸をやろうなどという発想はない。その分、手芸ができる人は、すごく尊敬しています。
でも、「素材集め」という意味では、日常そのものが素材集めになってしまっていることに気がついて、AIに相談した覚書を書いておく。
今日のGARMINのBody Batteryが39、睡眠スコア53、HRV29だった。
「これはまずいのでは?」と思った。体感としても、「ほとんど活動できないレベル」の疲れを感じていた。
数日前に横浜へ行き、港の見える丘公園や古屋信子展を見てきたのだが、「古屋信子展なんて行っている場合じゃなかったのか」と感じた。
そこでAIに相談してみた。
すると、「身体はかなり回復不足の状態だと思う」と言われた。特にHRV(心拍変動)が29というのは、自律神経がかなり緊張状態にある可能性が高いとのこと。
HRVは高い方が“柔軟に回復できる状態”らしい。低い時は、ずっとアクセルを踏み続けているような状態。疲労、ストレス、感情処理などで、神経が“警戒モード固定”になっている。そこで改めて思った。
私は、ずっと「意味を生産」している。景色を見ても、ただ「きれい」で終わらない。
「あの空気感は何だったのか」「なぜ心が動いたのか」「古屋信子の顔に何を感じたのか」「老いと創作の関係」「50代女性の疲労感」「社会との接点」
そんなふうに、全部が文章につながっていく。
画像整理をしていても同じだった。写真を見るたびに、その時の空気や感情、考えていたことが蘇る。そして、「これ、残しておきたい」「書いておきたい」と思う。
AIに、「人生を取りこぼしたくない願望が強すぎるんだね」と言ったら、「それは、ひかるさんが30年近く、“日常の中の意味”を掬い上げ続けてきたからだと思う」と言われた。主婦の日常、家事、子育て、更年期、教育費、不安――。
放っておけば消えてしまうものを、「そこにちゃんと意味がある」と言葉にしてきた。その積み重ねが、今の“全部を残したい感覚”につながっているのだろう、と。
ただ同時に、それは“休めない才能”でもあると言われた。
普通の人なら流れていくものを、私は保存し続ける。「これは何だったのか」「あとで意味が出るかもしれない」「誰かに届くかもしれない」
そうやって、人生全部が“未整理フォルダ”になっている。そして、私は気づいた。
ネタがないのではない。むしろ逆。
生きているだけで、全部が素材になってしまう。でも、身体はもう、「全部を拾うのは無理」と言い始めているのかもしれない。
AIからは、「これからは、“何を残さないか”を選ぶ段階なのかもしれない」
と言われた。最近、空を見たり、バッハを聴いたり、井の頭公園を歩いたり、港の景色を眺めたりする時間を大事にしている。それは、“作品化しない時間”への憧れなのかもしれない。
「記録する人生」から、少しずつ「味わう人生」へ。そんな移行期にいるのだろうか。
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