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お金のリビング

教育費負担が重い時期。お金が貯まらないのは当たり前?「家計にも季節がある」という考え方

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私が主宰している「お金のリビング」で見えた風景を綴っています。ご本人に了解を得ていますが、本人が特定されないよう、適宜調整しています。

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教育費負担が重い時期、お金が貯まらず焦っていませんか? 家計は一年ごとではなく人生全体で考えるものです。「家計にも季節がある」という視点から、教育費とライフプランの考え方を解説します。

教育費でお金が貯まらないのは当たり前?「家計にも季節がある」という考え方

「頑張って家計管理をしているのに、お金が貯まりません。」

お金のリビングでは、このようなお話を伺うことがあります。でも、お話を聞いてみると、高校生や大学生のお子さんがいて、教育費がピークを迎えているご家庭であることも少なくありません。そんなとき、私はこんなふうにお伝えします。

「今は、貯まりにくい季節なのかもしれませんね。」

家計は一年だけを切り取って評価するものではありません。人生全体という長い時間の中で考えるものだからです。

教育費がかかる時期は、貯まりにくくて当たり前

子どもが10歳~中学生になるあたりから、家計の景色は変わっていきます。習い事、塾代、部活動に関するお金、補食代、活動範囲も広がるので交通費……。子どもが小さい頃には想像もしなかった支出が、毎月のように続きます。

一方で、SNSには「40歳で資産○千万円」「年間○百万円貯めました」という情報が流れてきます。それを見るたびに、「私は家計管理が下手なのかな」と思ってしまう人もいるでしょう。

でも、それは違います。それぞれの家庭には、それぞれのライフプランがあるからです。教育費がかかる時期は、お金を貯める季節ではなく、子どもの未来に投資する季節です。その時期だけを切り取って、自分の家計を評価する必要はありません。

家計簿では見えない「時間」という視点

家計簿は、今月のお金の流れを教えてくれます。一方で、ライフプランは、人生全体のお金の流れを見せてくれます。

教育費が終われば、その分を老後資金へ回せるかもしれません。子どもの手が離れ、家庭中心だった働き方が変われば、収入も支出も変わります。子どもが独立すれば、食費や生活費も自然と変化していくでしょう。

今の暮らしが、そのまま一生続くわけではありません。だから私は、「今月いくら貯まったか」だけではなく、「人生全体では、どんなお金の流れになるのか」を見ることを大切にしています。時間軸が長くなるだけで、目の前の不安は少し小さく見えてくるものです。

家計にも、人生と同じように季節がある

春には春の景色があり、冬には冬の景色があります。人生も同じです。子育てに力を注ぐ時期もあれば、自分のために時間やお金を使える時期もあります。

どの季節が正しいということではありません。今、自分がどんな季節を歩いているのかを知ること。それが、家計と上手につき合う第一歩なのだと思います。

家計は短距離走ではありません。長い人生を歩くためのマラソンです。だから今日の預金残高だけで、自分の家計を評価しなくても大丈夫。

家計にも、人生と同じように季節があるのです。だからこそ、「お金のリビング」で今の自分の季節を、一緒に見つめてみませんか。

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イベント

57歳の誕生日に際して

皇居のお濠を眼下にする絶景です

パレスホテル東京・和田倉でお祝い

パレスホテルの「和田倉」には、いつか行ってみたいと思っていた。とか書くと、随分前から知っているみたいだけれど、最近、知りました。

今年? 昨年? 夫の親友が還暦を迎えるということで、夫曰く「ドカンとしたお店でお祝いしたい」と。しかし、悲しいかな、そんなお店、我々は知らない。

そこで、「私の人生のゴージャスなこと担当」である学生時代の先輩(通称:有閑マダム)に聞いてみたところ、筆頭に上がったのが「和田倉」でした。

前述の還暦祝いは予約で一杯で席がとれなかった。結構なお値段のお店が「予約で一杯」とか、どーゆうこと??

夫の誕生日は6月だったのだが週末はお互い忙しくてお祝いするタイミングを逃していたので、私の7月の誕生会と「合同誕生会」ということにして大奮発することにした。

懐石料理にしてみた

和田倉さんのランチは、お弁当と懐石料理があるようなのだが、ここはひとつ、懐石料理にしてみよーじゃぁありませんか!

食前酒 壱ノ壱ノ壱

パレスホテル東京の住所が「東京都千代田区丸の内1-1-1」ということにちなんで作られた日本酒からスタート

先附

だだ茶豆豆腐 長芋素麺 オクラ ヤングコーン 山葵 割醤油ゼリー

だだ茶豆豆腐がねっとり感、ヤングコーンのサクサク感、割醤油ゼリーの涼ろかなコントラストが素晴らしかった。

お赤飯

かわいらしい器の一口サイズ

「お誕生日会をする」ということを伝えておいたら、ホテルからのプレゼント。金粉がふってあります! すげー。

八寸

ひげなが海老と白瓜の酒盗和え ゆず・赤こんにゃく・隠元の白和え・つぶ貝磯部和え・酢橘卸し・合鴨松風・プチトマト生姜酢漬け・煮穴子寿司

 八寸って、どういう意味?――と調べてみたら、「季節の前菜」という意味なのだそう。「今、この季節だからこその食材」がぎゅっと詰まっていて、そのお店らしさが最も表れる一皿とのこと。

一つひとつは本当に「ちょっとだけ」。でも、その「ちょっとだけ」を作るために、どれだけの手間がかかっているのだろう。いち主婦として考えると、ここまで手の込んだものを家で作ろうと思ったら、一日がかり。いや、一日でも足りないかもしれない。

八寸という名前は、もともと八寸(約24cm)四方の杉の盆に由来するそうだ。たった24センチ四方の世界に、季節も、技術も、美しさも、おもてなしも詰め込む。まさに「ちょっとだけ」の極み。

ごぼう真丈 目張 清汁仕立て 冬瓜 梅肉 柚子

真丈(しんじょ)とは、魚やエビなどのすり身に、山芋や卵白などを混ぜて、ふんわりと仕上げた料理のことだそう。

今回いただいたのは、ごぼう真丈。口に運ぶと、まずはふんわりとした食感。そして、そのあとから、ごぼうの香りがふわっと立ち上ってきた。

向附

このあたりになると、話に夢中で写真がありません。本日の御造りで、まぐろ、たい、ホタテだった模様。

焼物

鱸の香味焼き 蓮根甘酢づけ 茗荷甘露煮

鱸の香味焼き、洋風なお味であっさり頂きました。茗荷の甘露煮、初めて食べた。

焚合

加賀太胡瓜 湯葉射込み 豚柔らか蒸し 甘長唐辛子 淡口あん 生姜

夫は、お肉がおいしい! と唸っていました。

食事 留椀 香物

滋賀産オーガニック近江米「きらみずき」のとうもろこし御飯

とうもろこし御飯、すご~く美味しかった!!! おかわりしました

32回目のありがとう

すいかのゼリー

絶景を見ながら、美味しい食事に舌鼓を打っているうちに、デザートに辿り着きました。

夫と二人で、はいチーズ!

お店の方が記念写真を撮影してくれて、写真はHAPPY BIRTHDAYと書かれたカードに貼られてプレゼント頂きました。

夫に誕生日をお祝いしてもらうのは32回目。25歳の時に初めてお祝いしてもらったので、オリジナル家族と過ごした年月よりも長い期間、夫が傍にいてくれていることになる。すごいなー。

いつもありがとう!

この後、息子3人が働く/働くであろう会社のビルを夫に案内してもらいました。社会人になって久しい長男はともかく、とっても手がかかった次男がスーツを着て、このあたりを歩く日が来るなんて!! と、感無量でした。

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お金のリビング

節約できないのではなく、守っている暮らしがある

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私が主宰している「お金のリビング」で見えた風景を綴っています。ご本人に了解を得ていますが、本人が特定されないよう、適宜調整しています。

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「必要最低限しか買っていないはずなのに、全然節約できないんです。」

先日、お金のリビングの参加者の方から、そんな言葉をいただきました。

詳しくお話を聞いてみると、ご家族は肌が弱いため、洗剤は決まったものしか使えない。食の安全も大切にしているので、多少高くても納得できる食材を選んでいるとのことでした。

物価高も重なり、家計は以前より苦しく感じる。それでも、「もっと安いものに変えよう」とは思えない――。

この話を聞きながら、私は「節約できない」のではなく、「大切なものを守っている」のだと感じました。

「安い」が正解とは限らない

家計の話になると、「もっと節約できるはず」「まだ削れるところがあるはず」という言葉をよく耳にします。

もちろん、見直せる支出はあるでしょう。

でも、すべての支出を「安くできるか」という物差しだけで測ってしまうと、大切なものまで手放してしまうことがあります。

肌に合う洗剤を選ぶこと。

安心できる食材を選ぶこと。

それは単なる「こだわり」ではなく、その家庭が大切にしている価値観です。

家計簿には「日用品」「食費」としか書かれません。でも、その一行の中には、「家族が安心して暮らせる毎日」が含まれています。

だから私は、お金を見直すときには、「いくら使ったか」だけでなく、「何を守るために使ったお金なのか」を考えてみてほしいと思っています。

節約の前に、価値観を言葉にする

「もっと節約しなくちゃ。」そう思う気持ちは、とても自然です。

でも、その前に一度立ち止まって、「私は何を大切にしたいのだろう」と考えてみませんか。

家族の健康でしょうか。食の安心でしょうか。そこが言葉になると、「これは残したい支出」「ここは工夫できそうな支出」が見えてきます。

節約とは、すべてを削ることではありません。

自分にとって大切なものを残すために、それ以外を整えていく作業なのだと思います。

守りたいものは何ですか?

お金のリビングでは、節約や家計簿を上手につけることよりも、自分のお金を自分の言葉で語れるようになることを大切にしています。

「この支出は無駄だったかな」と責めるのではなく、「私は何を守るために、このお金を使ったのだろう」と問い直してみる。

すると、同じ支出でも見え方が変わることがあります。家計は、その家庭の価値観を映す鏡です。だからこそ、数字だけを見るのではなく、その奥にある暮らしにも目を向けてみませんか。

あなたの家計には、どんな「守りたいもの」が映っていますか。

「何を削るか」ではなく、「何を守りたいか」から家計を考えてみませんか。

そんな対話を重ねているのが、「お金のリビング」です。

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音楽・アート

18歳で始めたビオラ。野本響子さんとの出会いが教えてくれた「まあいっか」

大学で18歳からビオラを始めました。子育て中は17年間まったく楽器から離れましたが、10年前に母校のアマチュアオーケストラへ復帰。今回は、チャイコフスキー交響曲第4番を演奏しました。

弦楽器は「幼少期から始めないと上達しない」と感じている人は多いのではないでしょうか。私も18歳でビオラを始め、「弾けない私」が長い間アイデンティティでした。でも今回の演奏会で、その気持ちが少し変わりました。そんな話を書いてみたいと思います。

演奏会翌日の朝の気分

従妹の敦子ちゃんから頂いた花束を玄関に飾って

昨日は、私が所属するアマチュアオーケストラの夏の定期演奏会だった。演奏会のレセプション後、気のおけない先輩/後輩と目白のイタリアンで食事をして帰った。お酒が飲めない私だけど、目白のイタリアンに到着した頃、気分は最高潮。 「今日が終わらなければいいのに!」と、何度も思った。

そして翌日の朝である現在は、妙にスッキリしている。家事もサクサク進んで、世界が隅々までスコーンと広がっているような気持ちだ。その気分のままの覚書。

今回の演目は、メインがチャイコフスキーの交響曲4番。そして前プロがボロディンの「ダッタン人の踊り」、 中プロがチャイコフスキーの「白鳥の湖」だった。いつもはメイン1曲乗りなのだが、ダッタン人は高校時代、吹奏楽部の部長をしていた時のコンクールで選んだ曲で(中高はサックスを吹いていた)、久しぶりに演奏してみたいなと思って全部の曲に乗ることにした。

高校時代の吹奏楽コンクールは8月の半ばだったと思う。高校時代は夏休みの大半をかけて、コンクールの練習をしていた。音楽室の湿気やにおい、(ダッタン人で大活躍をする)オーボエの先輩や指揮をして下さった音楽の先生の顔、コンクールが行われていた京都会館などを久しぶりに思い出した。それにしても。サックスとビオラって、担当している音域や役割が似ているな~。

組曲なので、いくつかの曲を弾いた後に、「FINARE」という曲に辿り着く。この「FINARE」、当初は楽譜が読みづらいし、弾き疲れているのにガシガシ弾かなきゃいけないしで、「どういうこと!?」と思っていたけれど、いつの間にか好きになっていた。とりわけ好きなところを語ってみる。

練習番号「26」~「27」のあたりが好き

「26」は、弦楽器がフォルティッシッシモ(fff)で、できる限り強くガシガシと弾き進めていく。その上を管楽器が自在に絡み合う。その響きを聴いていると、頭上では始祖鳥が羽ばたき、今にも恐竜が姿を現しそうな気配が漂う。まるで『ジュラシック・パーク』の世界に迷い込んだかのような気持ちになる。

ところが「27」では、一転して音が消える。さっきまで叫ぶだけ叫んでいた生き物たちが一斉に姿を消し、目の前には、ひんやりと静まり返った湖が広がる。そこに一羽の白鳥が静かに浮かんでいる──そんなイメージだ。

ここは、前の勢いのまま突っ込んでしまうと、テンポがとれず迷子になりがちな箇所だった。幸い、GP(本番と同じ席順)では、隣にとても上手なチェロの先輩が座ってくれることが発覚! 先輩の音をナビゲーションに、静かな湖を最後まで白鳥を泳ぎ切らせることができた(と、思う)。

チャイコフスキー交響曲第4番

チャイコフスキー交響曲第4番とは?

【AIによる解説】チャイコフスキーは1877年、男性を愛したことで知られる自身の性的指向と、当時の社会規範との狭間で苦しむ中、望まない結婚生活がわずか数か月で破綻し、深い精神的苦悩に陥りました。その後、パトロンであったナジェージダ・フォン・メック夫人の支援を受け、静養と創作に専念できる環境の中で《交響曲第4番》を書き上げます。第1楽章には、運命に翻弄されるような不安や葛藤が色濃く刻まれています。しかし、終楽章では苦しみの中にも生きる喜びを見いだそうとする力強い音楽が響きます。この作品には、絶望の先にも人生は続いていくという、チャイコフスキーからのメッセージが込められているように感じられます。

楽しかったこと、好きだった箇所の覚書です。

管楽器の近くで弾けた件

今回、私は7プル裏だった。「折り返し」といって、多くの場合6プル以降はビオラの位置(客席からみたら右側)ではなくチェロの奥の方になるので、管楽器に(いつもよりは)近かった。そうなると管楽器がよく聞こえる! 木管の繊細な動きも楽しかったし、金管のガンガンした響きは「オーケストラの中で弾いている」という醍醐味が味わえた。前述したイタリアンの食事会では、演奏終わった時の管楽器の響きが脳内を何度もリフレインしてきて、「チャイ4、いい曲だった~」と呟き続けていた。

出だしの1音

出だしの1音を武士が刀を抜くように弾く

チャイコフスキー交響曲第4番は、金管の圧倒的なファンファーレから始まる。最初は管楽器の独壇場で、弦楽器は、13小節目の1音をffで入るのが最初の一音。この1音、「これから曲を弾き切ります!」と武士が刀を抜くような気持ちになる。

弦分奏で先生が、「Oは、子どもがおもちゃを欲しがる感じなんだよねぇ」とおっしゃった。「どうしても欲しい!」と切実に訴える、あの必死さだ。そこの、「ねぇ、絶対に欲しいの!」というフレーズに入る前に、気持ちを溜めるために一度、間をつくる。だからこそ、「どうしても欲しい!」という叫びが生きてくる。

「O」にツッコんでしまわぬように赤鉛筆で丸をつけた

指揮者の先生は、その導入で、すっとしゃがみ込むような動きをされる。その小さな合図を見逃さず、丁寧に「O」へ入っていくことが大切なのだ。

のもきょうさんとの遭遇で得た「まぁいっか」

文筆家の野本響子さんの著作

私は、何のために音楽をやっているのだろう。

私のブログでは「弾けない私」が定番トーン。ひどい時には、「もう楽器をやめようかな」と思ったことすらある。悲壮感が漂いまくっているバージョンはコチラ

今回の「演奏会後のスケッチ」は、自分でも驚くほどに、「定番の弾けない話」が出てこない。その変化のきっかけは、野本響子さんとの出会いだったと思う。

野本さんは長年アマチュアオーケストラでファゴットを吹いてきた方だが、ここ数年でビオラも始めたという。そして、なんと昨日はカルテットの本番だったらしい。

えっ、弦楽器を始めて数年でカルテット!?

思わず顎が外れそうになった。カルテットは、オーケストラのように周りに助けてもらえる世界ではない。1パートに一人。逃げも隠れもできない。

私はずっと、「弦楽器は子どもの頃からやっていないと上達しない」と思い込んできた。18歳で大学オーケストラに入り、ビオラを始めた私は、「永遠に第二外国語のようなものだ」が口癖だった。

大学オーケストラのパート練習では、メトロノームを相手に一人で弾かされる時間がある。独り弾きが恐怖すぎて、ホコリだらけの部室棟で独りで練習していた日々。でも、いくら練習しても思うようには弾けない。その繰り返しだった。だからなのだろうか。「弾けない」は、私の強固なアイデンティティとなっていた。

ところが、そんな私の「前提」を野本さんはいとも軽々と飛び越えているではないか!

弦楽器を始めて数年で「カルテットをやってみよう!」という心持ちに、どうしたら辿り着けるのか? その道のりについては、いつかぜひ聞いてみたい。

でも、それ以上に私に衝撃を与えたのは、「大人になってから弦楽器を始めて数年で、カルテットをやっている人がいる」という事実だった。

この事実は、私の音楽に対する初期設定を書き換えた。

私は大学オーケストラで身についた部活動の価値観のまま、思うように弾けるかどうかばかりを気にしていたのかもしれない。でも、アマチュアなのだから、そこまで「思うように弾ける」という方向にこだわらなくても良くないか? 

「(思うように弾けなくても)まあ、いっか。」

そう思えるようになったら、不思議と音楽が少し自由になった。今回の「演奏会後のスケッチ」に「弾けない話」が出てこないのは、演奏がうまくいったからではない。私の音楽との付き合い方が、少し変わったからなのだと思う。

楽譜は、「楽譜ファイル」に収納。また一つ人生の想い出が増えました。