教育の話を、「ひとりの母親」として話してみた

2026.9.1

憧れの小川奈緒さんが我が家に遊びに来てくれました!

先日、文筆家の小川奈緒さんと、子育てについてお話しする機会がありました。きっかけは、私が構成を担当した『不登校だから、輝ける!』。

これまで私は、学校の先生や教育関係者、不登校の支援に携わる方など、いわば「教育の中にいる人」と話す機会がたくさんありました。

でも今回は、少し違いました。

ひとりの母親として。子どもを育ててきた大人として。「子育てって、そういうことあるよね」と話せた時間が、なんだかとても新鮮だったのです。

「教育」ではなく「うちの子」の話から始まる

私は、3人の息子を育ててきました。双子のうち二人は通級を経験しています。長男を育てた時とは「何かが違う」と感じながらも、最初はそれが何なのかわからなかったこと。学校に行きたがらなくなった息子を、当時は「なんとか学校に行かせなければ」と思っていたこと。

そんな話をしていると、小川さんも、ご自身の娘さんを育てた経験や、身近にいた支援級の先生から聞いた話を重ねてくれました。

専門家同士が「支援」について語るのとは、ちょっと違う。「親って、そう簡単には割り切れないよね」そんなところから話が始まるのが、とても面白かったのです。

子どもの話をしていたら、自分の話になった

『不登校だから、輝ける!』の中には、女の子の育ちについて書かれた章があります。

一見、手がかからないように見える女の子。

けれど、大人から十分に踏み込まれないまま成長することで、後になって人との距離感や、自分自身との付き合い方に難しさを抱えることがある。この話に、小川さんがとても反応してくれました。

そして話しているうちに、私自身も気づいたことがあります。教育について考えることって、子どものことだけじゃないんですよね。

「私は、どうやって育ってきたんだろう」
「なぜ、こんなところで生きづらさを感じるんだろう」

教育の話をしていたはずなのに、いつの間にか、自分自身を振り返る話になっていました。

子育ての話は、すべての大人に開かれている

最近の私は、不登校やギフテッドについて取材することが増えています。そうすると、どうしても「教育」という専門分野の中で話をすることが多くなります。

けれど今回、小川さんと話してみて思いました。子育てって、本来もっと広いところにある話なんだな、と。

学校に行く、行かない。
支援を受ける、受けない。

そうした話のもっと手前に、「この子は、何を感じているんだろう」「私は、この子とどう関わりたいんだろう」という問いがある。

それは教育関係者だけのものではありません。

子どもを育てた人にも、いま育てている人にも、そして、自分自身の子ども時代を振り返る大人にもつながっている。

教育の専門家ではなく、ひとりの母親として。子育てというものに興味を持つ、ひとりの大人として。そんな場所から教育の話ができたことが、今回、私にはとても面白い体験でした。

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