56歳「死ぬ気で頑張った」からの再生記録をつけ始める件

2026.2.16

花メン(花まるエレメンタリースクール)の本を書きました

死ぬ気で頑張って下さい!

ここ2年半ほど、密着取材をしていた通称・花メン(花まるエレメンタリースクール)の本を書きました。まだ原稿チェックや校正は残っていますが、本の姿は見えた。

今回の本は、編集者さんから「死ぬ気で頑張って下さい!」というエールを頂きました

「死ぬ気で頑張って下さい」と言われた時、「え? 死ぬ気とか、他人様に言われちゃうことってある??」と、あまりに新鮮なフレーズに自らの人生を省みてしまった。

「何かを、『死ぬ気で頑張ったこと』が、我が人生にあっただろうか?」と。 そして、「いや、ない」(反語・そして即答)と、思った。何の自慢にもなりませんが・・。

齢56歳にして「死ぬ気で頑張って下さい!」と言われる人生は幸せだ!

「この話を世に問いたい!」と思う取材対象に出会えたこと。執筆(本の場合は構成)を任せてもらえたこと。この巡り合わせに感謝しかない。

「死ぬ気で頑張った」 その後にやってきたもの

だが、しかし。

最後の原稿を編集者さんに渡した際、「倒れないでくださいね」と言われ、その瞬間は、「は?」と思っていたものの、予言は、見事に的中。10年ぶりくらいにインフルエンザにかかり寝込みました。

10年ぶりに罹患したインフルエンザは強烈で、「このまんま治らないんじゃないか」なんて精神的に落ちてしまった時は、同世代で大病と言われる病を得た知人の顔が思い浮かんで、そこから生還している凄さを、あらためて実感してみたり。

体調が少しずつ回復しはじめた頃は、自分の中が空っぽなことに驚いた。そうか「死ぬ気で頑張った」後にも、人生はあったんだ、みたいな? 最中は無我夢中で、「その後」のことなんて考えられないものね。けれども、ここまで空っぽになるもの?

焼野原に一人、ボーゼンと立ち尽くしているような感じ。

「死ぬ気で頑張るって、こういうことが起こるんだ」と、ある種の感動を得たほどに、「空っぽ」でした。な~んて書けるようになったのは、掲題の如く、「再生記録」を書こうと思い立ったから。

再生を記していこう

当初は、「この先、生きていく意味、ある?」と思った瞬間もあった。辛うじて、「親の介護が残っている」とは思えた。

けれども、「この先、『何かをしよう!』という気持ちが沸きあがることなんて、あるのかな?」という体感は、誤解を恐れずに言えば、わりと「絶望」と隣り合わせな感覚です。

「死ぬ気で頑張る」の後遺症は、なかなかよね。。。

もう恋なんてしない(槇原敬之・公式)」 という歌では、「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」というフレーズがあったけれど。つか、この歌を何で思い出すんだ??

私が再び生きていくためには、この空洞を文章にしていく必要があると思った。いつだって、私は、書くことで自分を支えてきた。

もし、私が原稿を書かない人種だったら、自分の中だけで、「心配を発酵」させてしまい、発狂する局面だよな~、コレ!と、思う。

主婦er「大学受験「共通テスト直前5日間」母の手記 ~息子は双子~」より抜粋

そんな訳で、「死ぬ気で頑張った」その後のリハビリの記録を、ブログに綴る。その再生をブログに記していく。ということを、ひとまずの足場にしようと思います。

すべての記事一覧はこちらです