【コラム】なぜ、家事日記を書くのか?

2011.5.9

昨日、読んだ本に、こんなことが書いてあった。

サマセット・モームは「どんな髭剃りにも哲学がある」と書いている。

どんなにつまらないことでも、日々続けていえれば、

そこには何かしらの観照のようなものが生まれるということなのだろう。

僕もモーム氏の説に心から賛同したい。

          「走ることについて語るときに僕の語ること/村上春樹」

私も、この説に心から賛同したい。

主婦にとっての家事。

それはコーヒーにクリープ。ってなほど(古い)、

当たり前のように、日々、続けることです。

どこまでやれば、「家事をやった」と思えるのか?

自分にとっての家事とは何か?

といったことを、常に考え続けています。

だからこそ、そこに何かしらの哲学が見つかる。

のではないか? と、思います。

村上氏は、こんなことも言ってます。

手間のかかる性格というべきか、

僕は字にしてみないとものがうまく考えられない人間なので、

自分が走る言いについて考察するには、

手を動かして実際にこのような文章を書いてみなくては

いけなかった。

           「走ることについて語るときに僕の語ること/村上春樹」

私も文章を書くことで、家事について考えてみたいのです。

さて。

今日はGW明け。

長い休み明けというのは、ペースが狂うものです。

ボチボチと運転を再開することとしましょう。