2024.6.7
目次
今期の演奏会の曲は、①「ワーグナーのタンホイザー」②「ハチャトリアンの仮面舞踏会」③「チャイコフスキーの交響曲第6番(悲愴)」です。
1月~2月にドイツに行っていたこともあり、③は降りました。
このプログラムで悲愴を降りるって、「正気??」という感じなんです。
同じパートの男性の先輩から、「メインディッシュが出る前に退場する感じでしょ。今からでも遅くないから悲愴に乗りなよ」と、練習のたびに声を掛けて頂くレベル。
それでも、「悲愴まで、練習しきれない」という、私の意思は固かった。
同じパートの女性の先輩からは、「誰だって悲愴を弾きたいのに、そこを我慢して、ワーグナーとハチャトリアンをさらおうという気持ちが偉い」と、おっしゃって頂きました。
前置きが長くなりましたが……。
それなのに、ですよ?
演奏会まで1か月半なのに、ワーグナーが弾けていない。
「練習が足りないからだ」とか、そーゆーレベルではなく、そもそものライン、端的に言えば「曲の構造」が理解できていない。
もとい、譜面から落ちてしまう(どこを弾いているのかわからなくなる)のです。
拙い私のオーケストラ人生ではありますが、これは前代未聞な訳でして。由々しき事態です。
落ちてしまう箇所は決まっていて、そこにさしかかると、まるで樹海の中を彷徨うような気持ちになります。(彷徨ったこと、ないけどな!)
「何の目印もない住宅街で迷子になる」という方がわかりやすいかしら?
何を目印に、どこから曲に復帰すればいいかわからず、毎回、もの悲しさに襲われていた。
だって、最も曲が盛り上がる部分だから。(おいっ!)
ビオラはハモリ楽器と言われていて、メロデイラインは時々しかない。「私、何をやっているのかしら?」って、一人で練習しているとわからなくなってしまうこともあるのだ(言い訳)。
スコアを先生と一緒に確認して、他パートの動きを理解する。そして、影譜(他パートの動きを小さく書いておくこと)を書いて、音源を聞きながら、何度も口で歌ってみる。
先生に「レッスンで譜読みを一緒にして頂くこと」に、当初は申し訳なさがMAXだった。
譜読みは、レッスン以前の問題。
先生にお付き合い頂くエリアのものではないと思っていたから。
けれども、先生に伴走頂きながら1時間半くらいかけて、「不明だった箇所の解明と理解」ができた時、「これは一人では、絶対に無理だったな」って思った。
超・今さらだけど。。。
オーケストラレーションというものを学んでいない私は、「オーケストラの中で弾くこと」に慣れていないのかもしれない。
これは、私の認知機能の特性とも関連する話なのだが。
仮説として。オーケストラ(一斉指導)のスタートラインに立つためには、特別支援が必要だというイメージ。
・楽器を弾く
・オーケストラの中で弾く
これは別軸の話で、多くの人にとっては、そこはイコールなのだが、認知特性が強めな私は、オーケストラの中で弾くための特別支援が必要である。(仮説)
幸い、先生はジュニアオケのサポート経験が長いので、子供に教えるが如くの平易な言葉で伝えてくれる。
自分が陥っていた事態を言語化できたので、今後、私がエネルギーを投下すべきは、「オーケストラの中で弾くということの学び」なのだと思った。
2022.3.17 更新
2024.9.9 更新
2016.9.15 更新
2024.10.15 更新
2024.10.11 更新
2024.10.10 更新