2024.1.11
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
このブログがアップされる頃、私は羽田空港にいると思います。
予約投稿とやらに挑戦です。
写真は、荷造りが終わったスーツケースと、てくぅ。
てくぅは、ユニピコのみゆきちゃんがつくってくれたマスコット。
一目見て、「めっちゃ!!!! かわいい!!!!」と、絶叫したらば。
「ドイツに連れていきなよ」と、ブローチにしてくれました。
そんな、てくぅと一緒にドイツに行ってきます!!!
次の投稿は、ドイツからになるはずです。
【追記】
ここから下は、私の覚書です。1月19日(ドイツに到着して1週間経った頃)、書いています。
●
当日の出発は、午前10時の飛行機だった。
私がよく乗っている「お気に入りのリムジン時刻」は、5時40分吉祥寺発。
この便に乗ると、夜明け前の、明るくなり始めた湾岸の空を、バスの窓から見ることができるのだ。
朝5時に、寵子さんが我が家に迎えに来てくれた。
「人さらいに、来たわよ~♪」
今回のプロジェクトオーナーである飯守篤子さんの実妹が寵子さんだ。
本プロジェクトでは、「日本での生活を1か月投げうって、ドイツで生活する」。ある意味、寵子さんのいう通り、「人さらいに合った」という感じなのかもしれない。
寵子さんには、「羽田空港には、一人で行けるから大丈夫だよ」と言ってみたが、「私がお見送りをしたいの!」とのことで、ご厚意に甘えることにする。
国際線は、一括して第3ターミナルだと思っていたが、「ドイツ便は、第2から出るのよ」と、ドイツ事情を熟知している寵子さん。心強いっす。ちなみに、ドイツのANAで働いていたことがあるんですと!
この期に及んでも、「ドイツに住む」というに対して半信半疑の私。早朝のせいか、目が、しょぼしょぼしている。
荷物を預けたら、朝ごはん。最後の晩餐!? は、日本食(おうどん)にすることにした。
「外国に住む」が腑に落ちないまま、「進みゆく現実」に圧倒されていた、
そんな私に対して、「普通よぉ」と寵子さんは何度も繰り返し言ってくれた。それによって、何とか「そんなもんか」と思えた感じ。(寵子さんは、20代の大半をドイツで過ごしている。)
ドイツに来て1週間経ってみると、「生活をする」という意味では、日本もドイツも同じだと思い始めているのだが。
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