2016.12.26
【銀座のカフェでオスカー会の仲間とランチした】
あんまり後悔しない性格っていうか、
そもそも、超・忘れっぽいので(しばしば、友達にイラつかれるほどだ!)
後悔しようにもできないという方が、正しいのだけれど。
それは、長男を産んで3年間(ママになった最初の3年間)、
と書いただけで胸が痛むんだから、
相当、「後悔」してるってもんだ。
でもね??
そんなバカみたいに仕事をしていた訳じゃないのよ???
とか、言い訳したくなる。
でもね???
やっぱり、あの3年間は「仕事のこと」が、頭から離れなかった。
そのことを、しっかりと「後悔」したのは、
夫の転勤で北海道に行ってから。
「子どもを育てること」ということと真剣に向き合う中で、
無知すぎた自分の「ママ業、最初の3年間」は、黒歴史となった。
「子どもを授かったというのに、何をやっていたんだか!」と思い、
子どもへの懺悔なのか、神への懺悔なのか、
もはや誰に向けての懺悔かもわからなくなっていたのだが。
「ライターの仕事」を、完全封印していた時期もあった。
ライター業に近寄らないようにしておこう?? 的な感じ。
●
女性誌界のトップランナーを20年くらいやっている方々。
2000年代が幕開けした頃、この二人と組んで三人で
当時、まだ斬新だったHPを立ち上げようとしたことがある。
ドリームウェーバーとかいうHPソフトを買い
デジタルハリウッドとかいうHPの専門学校にまで通ったっけな???
結構、本気だったんだと思う。
その後の二人の活躍っぷりを見ていると、
ただ単に、「黒歴史」として封印していた過去の自分も、
「いや、それなりに頑張っていたんではないか?
あの二人と肩を並べて何かしようと思えた訳だから」と思った。
画伯と丘りんとランチをしながら、先日そんなことを思った、
という話を書きたくなった。
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丘りんとは、ライターとして駆け出しの頃、最も多くの時間を過ごした。
20年前に、丘りんと語りあった、
●
ランチの席で、画伯が言う。
丘りん 「うん、私もイケる気がしてきた!」
そうやって、夢見る力が強いから、
20年間、女性誌でトップランナーでいられたんだろうなと思った。
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彼女達と、3カ月に一度くらいランチをすることになった。
来年は、「ライターである私」の封印を少しずつ解いていけると良いな!
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