昨日、スマホの過去写真を眺めていたら、
「あれ? これ食べたんだ~」という料理写真が出てきた。
スケジュール帳をめくって、「ああ!」と思い出す。
自分の記憶というのは、本当にアテにならない。
失われていく記憶を、ここにアップしておくことにする。
それでは、いってみよう!
















いやいや。こうしてザっと見ると楽しいね!
テキストが多い私のブログですが、
写真群のアップシリーズもたまにやろうっと。
昨日、スマホの過去写真を眺めていたら、
「あれ? これ食べたんだ~」という料理写真が出てきた。
スケジュール帳をめくって、「ああ!」と思い出す。
自分の記憶というのは、本当にアテにならない。
失われていく記憶を、ここにアップしておくことにする。
それでは、いってみよう!
















いやいや。こうしてザっと見ると楽しいね!
テキストが多い私のブログですが、
写真群のアップシリーズもたまにやろうっと。

綺麗にネイルが施されたマダムの指先を見ながら、
マダムの旅の話を、拝聴した。
メキシコから帰ってきた翌日に
ウィーンに旅立つとか、豪華すぎやしませんか?
旅先の写真を見せてもらい、深呼吸!!
うわ~。はぁ~。ふぅ~。的な?
これって、悪い意味もあると思う。
パンがないなら、ケーキをお食べ。的な世間知らずね。
その点、マダムはお嬢様育ちで、
お姫様でいられるのに、そういう勘違いがない。
思わず言ってみた。
「私が先輩だったら、身を持ち崩す自信あるわ~」
有閑マダムは、
と、言っていた。
そこで勘違いしないって、本当に偉いと思う。
いや~、格好いいです!!!!
から~の。
伊東屋パトロールで、
写真の鉛筆削りをゲット。
そんな私は、
伊東屋オリジナルグッズに滅法弱いんです。

一気に夏がやってきた!
VIVA! 夏盛り上がり!! の一環として、
お財布(小銭入れ)を新調してみた。
ちなみに、私は、お財布は

小銭入れは、AYANOKOJIで買った。
これで何個目かな?
たとえば、春夏用の留め金はキラキラなんだけど
秋冬用の留め金はマットな金属を使っていたりと。
化粧ポーチやミニバックって、
どんなにお気に入りを買ったとしても、結局、飽きてしまう。
だから、私は、AYANOKOJIで小銭入れを
気まぐれで買うことで、そんな気分を紛らわせている。
小銭入れだったら、そんなにかさばらないから、
引き出しにストックしておけるし、
それくらいの贅沢はしてもいいのかな? と(笑)。

昨日は奮発して、根付も購入。
AYANOKOJIの根付の音、すっごく涼ろかです。
お店の前、通りかかったら聞いてみて下さいまし。
損はさせません。は⁉
吉祥寺は、キラリナに入っています。

今日は朝一で遠方で取材後、昼には吉祥寺に戻ってきた。
自宅に戻って昼食を食べても良いのだが、
ふと思い立って、丸井の7階にあるMIJI CAFEでランチ。
4種類のおかずが選べて、ご飯(筍ご飯)と、お味噌汁で
1000円。
かぶ。と、きゅうり。と、しらす。のサラダ、
今晩、早速作ってみた。
きゃん! (何の鳴き声だ?)
おそらく、多分、きっと。
仕事しつつも、家事も楽しんでいる自分。
というものが、私は好きなのだと思う。
(まぁ、だいたいの人は、そうだよね・・)
今週は、毎日、取材があるので
ちょっとヘタり気味なんだけど。
明日は、ドラちゃんの会社からお呼び出しされており、
ヘビーな一日となる予感。
編集者さんは、「寝袋と歯ブラシ持ってきて下さい」と
言っていた・・。ちょっと怖いな。

私は、父の転勤先の京都で
中学、高校時代を過ごした。
高校の時、英語の先生が学校を辞めた。
その理由が、「東京のマスコミで働きたいから」。
今、思えば、その先生(N先生としようか)
まだ20代だったよな。
N先生は、退職前に視聴覚室でライブをして(彼はバンドをやっていた)
ポリスのメッセージインアボトルを歌ってくれた。
その時に、
「オレは、東京に行ってメッセージを送りたいんだ」
みたいなことを言っていた(と、記憶している)。
京都の高校生にとっては、
東京は遠くにある大都会だった。
先日、どうしてもやりたい企画を
ガチで編集長と二者面談するということに挑戦。
企画は通り、その帰り道、
東京駅が見えるカフェで、一人で乾杯した時の画像です。
自分が伝えたいメッセージを、
コツコツと発信していきたいと思った
今日は定例の「主婦er」会議という名のおしゃべりタイム。
え? マジ? すごくない???
デザインはもちろんのこと、
イラストを描いたのも、シンさんだそうだ。
シンさん、絵、描けるの? と、聞いたらば。
知ってるよ・・。
でも、こんなに上手だったんだ!
文字のフォントも自作して、
フリーで使えるようになっているそーです。
シンさん、とても穏やかな人なのだが。
只今、絶賛クリエイティブなエネルギーに満ちており
話しているだけで、ワクワクしてきた。
Tシャツのデザインもするらしい。
と、ここに書くことで既成事実にしておこう。
お世辞抜きで、シンさんのデザインしたTシャツ
着てみたいなー。待ってます!
に、してもだな。
シンさんのフェイスブックとやらを
生まれて初めて見たよ!!!
格好いい生き方している人っぽい。
あ、いや。
実際のところ、めちゃくちゃ格好いいんだけどね。

今日、駅からの帰り道、列ができているので見てみたら
こんなお店ができていました。
そんなことを誰かに言いたくなったけど、
誰もいないので、ブログで呟いてみた、なう。
中央線沿線に長らく住んでいますが、
本日知ったことが、二つ。
・立川から先の青梅線はドアが手動
・日野に行くためには、「高尾行」に乗らないといけない
このような大きな学びは、失敗から得ました。
「立川で人がゴッソリ降りるなあ」と思っていたら
立川の次の駅であるハズの日野に到着せず。
パニクって降りようとドアの前に立ってもドアが開かず。
立川から青梅線方向に2駅先まで行って、引き返したっていうね。
お待たせした編集者さん、すみませんでした!
何のオチもないブログだな~。
昨日、終日、布団から起き上がれなかった。
こういう体調の悪さを、時々、やらかす。
前回、風邪を引いたのが、3月中旬だから、
インターバル2か月・・。
ちょっと短いだろう、という気持ちと
今日は取材もヘビー案件で、何だか悲壮感漂ってたんだけど、
今、楽器を弾いたら、気分が上向いてきた午後8時。
今日も早く寝よう。
正確には、「発達障害の傾向」がある。
なんだけれど。
けれども、発達障害の診断基準には、
「家庭や職場など2か所以上で困っている」という項目があり、
私は、両方ともで、あまり困っていない。
仕事は、特性を生かせるものをチョイスした。
家庭生活は、とても楽しい。(家族は困っているかも・・!?笑)
ゆえに、発達「障害」ではないものの、
現実問題として、脳の認知に偏りがあるので、
時々、困る時はある。
先日も、そんな「困り感」が出てしまい
周囲に助けを求めてみた。
そうしたら、みんながそれぞれの言葉で
支援やアドバイスをくれて感動した。
私の場合、明らかに『できない』『わからない』ことがあるので
そこは、「障害」と諦観を持って自分を受け入れ
周囲に理解や支援を求めないと、やっていけない部分はある。
この状態って、一歩間違えれば、
いや、私側が一歩間違えなくても、
相手によっては「開きなおっている」というふうに感じることも
あるよなぁと思う。
そこらへん、どう考えて、
自分がどう在るべきなのか?
そんなことを言語化できていくと、
私のような人の支援や理解が、世の中に伝わりやすいかもと思った。
まとまりのない文章だが、
そんなことを感じている朝。ということです。
熊田曜子系のビジュアルなのに、
めちゃ過激なこと言う人だなぁと思っていた。
だって、自分で自分のことを、
「フェミニズム界隈の指定可燃物」と言っているんだもの(笑)。
そんな彼女の、この記事、すごい!!
柴田さんは言う。
めちゃ、共鳴します!!!
メディアに、自分の文章を「賭ける」ことで、拡散していく。
自分の書いた文章が、どう解釈されるかは、
読者さま側の話で、私は、どうにもできない。
いちいち、「そういう意味ではないんですよ」なんて
言い訳はできず、発信したことが拡散される。
ソロのバイオリニストが
オーケストラを従えて、最初の音を出す時のような
そんな緊張感を持って原稿を書いていきたいな。

スコアリーディングとは、
スコア(オーケストラの総譜)を読むことだ。
「クラッシック音楽」と一言で言っても、
バッハは1685年生まれ、ビバルディは1678年生まれ。
一方で、マーラーは1860年生まれ。
200年の間に、音楽の構造は複雑化していて、
マーラーは、全体の構造を理解しないと弾けない。
そんな訳で、ひたすらスコアリーディングの毎日で、
やっと昨日、通しでスコアを読めました。(落ちずに譜面が追えたという意味)
おいっ!!!! って感じなんだけど、
自分のペースで、マーラーと仲良くしていくしかないよなぁ。。。
今日は、午後は取材2件あるので、その時には
音源とスコア持参で出かけようと思う。
健さんに初めて直接お会いしたのは、
今から7年くらい前で、私は主婦(ときどきライター)だった。
お金に関する本を出したという葉書をもらい、
「最近、本屋さんで平積みされているのを見かけるし、
取材に行ってみるかー」くらいの軽いノリで、
健さんがどんな人なのか、あんまりわかっていなかった(おい!)。
しかも、節約命の主婦だった頃なので、
彼の言っていることが全くわからず、ポカーン。として
しまったのを覚えている。
下記の感覚って、今、どれくらい一般的なのだろうか?
+++本田健さんからのメルマガ引用+++
<読者からの質問> 健さんのお話を聞いて、お金ともっと上手につきあえる ようになりたいと思っています。お金を払う時に、感謝 した方が良いとわかっているのですが、お金がなくなる 不安を感じてしまう自分がいます。お金の不安を感じた ときは、どうしたらいいのでしょうか?また、お金持ち になってもお金の不安がなくならないって本当ですか?
++++
私は健さんに出会って、意識的に
「お金のレッスン」をするよう心がけているが。
それでも、尚。
上記の「感覚」には、まだ、到達はできていない。
前略
GWは、いかがお過ごしでしょうか?
と、急に誰かに宛てた感じのブログにしてみた。
昨日は、
「ピカール」で銀食器を磨いてみたり、
夫と一緒に三鷹のデイリーズに行って器を新しく買ってみたり。
「どーでもいい家事」(やっても、やらなくてもいい家事)を、
私にとっては、至福の贅沢だと感じた。
唐突ですが。
私、井戸端会議、大好きなんす。
道端で誰かに会って、
徒然とした話を、徒然とできる時間と雰囲気があること。
そんなことができるのは、主婦だから。
このところ、プレッシャーがある仕事が多く、
それは、同時に「やりがい」でもあるので嬉しくもあったのだが。
ふと。アイデンティティを、
再度、「主婦」に置いてみても
良いのではないか? と、思ったなり。
そういえば、【主婦的幸せ時間】とかいうの
やっていなかったっけ? と、過去記事を検索してみたらば。
ごぉぉぉぉ。(何の鳴き声?)
この頃は、まだHPのプロフィールに、
「軸足は、家庭です」と、書いていた頃だな。。
だんだん、プレッシャーがかかるレベルの仕事をさせて頂けるようになり、
自分が思っていた、「きちんとした主婦」ではなくなり、心のどこかで
を、感じていたなぁ(遠い目)。
つかね?
そもそも、何なの? > と、自分に逆切れ。
あの頃のワタクシは、
「主婦とは、家族を最優先にして、家事に一切、手を抜かない人」
くらいな感じだったんだと思う。
それを実現できない自分に対して、罪悪感があったんだと思われる。
あれから3年。
今は、「それが普通なんじゃね?」と、思うようになっている。
あんなに罪悪感があったのに、今は、こんなにもスッキリ
「なんちゃって、主婦」の自分を受けて入れている。
隔世の感があるなぁ・・と思っていたら、
時代は、令和になっていた。
私が「きちんとした主婦」とイメージしている主婦は、
そもそも、「昭和モデルの主婦」だと思われる。
実は、私、マーラー、嫌いで。
恐怖症ともいえるレベルで、聴くのもイヤ!
と、思ってたんす。
これまたイズミさんに誘ってもらって、
今年に入ってマーラーの演奏会(5番)を聴きに行って、
それが、「人生の初マーラー」でした。
これって、「クラッシック音楽が趣味です」という人には
あるまじきことかもしれないレベルかもしれない。。。
なぜ、マーラーをここまで聞かなかったんだろう?
おそらく、まだ20世紀(1990年代)の頃の話。
マーラーのメロディーを音楽部の部室で聴いた時に、
「この人、頭おかしいんじゃない?」って感じた。
それは、今、思えば、タイ料理を初めて食べた時と
似た感じだったのかも。
人生においてのタイ料理を食べた時、
え!? 嘘。これ、おいしいの? って、
びっくりしたんだよね。
それと似た感じて、「ザ・クラシック」という曲に
慣れ親しみすぎていた保守的な私の耳には、
マーラーの音運びは、ありえなかった!
でも、オーケストラの中に入ってマーラーを弾き
CDも、何回も聴いてみたりするうちに。
冒頭の。
そんな気持ちになってきた。
クラシック音楽の系譜の中から、あの音の運びを編み出せるって
やっぱりプッチンとキレているとは、今でも思う。
でも、その感じが、
天才なんじゃね??? という方向の好意的な感じに
向かっているのであります。
今期は、練習に思うように出られないのだが、
私なりに、マーラーと向き合いたい。
今朝、目が覚めた時、
そんなふうに思った。
新年の抱負⁉ではないが
について、今日は書いてみよう。
最近、すごく興味があるのは、社会デザインだ。
社会には、いろんな人がいるのに、今は、まだ、
そんなデザインの社会だと思う。
社会には、いろいろな人がいて、いろいろな人が分断されることなく
生きていける社会を、インクルーシブという。
最近、インクルーシブ。って、流行り言葉のように使われているけれど、
すごく素敵な「夢」だと思う。
そこに、今後の自分の人生を使っていきたい。
●
あれは、発達障害や愛着障害、貧困や親の依存症など
「大多数の子ども」とは違う条件や課題があった子供たちにも
一斉教育(普通の学校の授業のように一斉に教育を行うこと)の枠を押し付けて、
そこからこぼれ落ちてしまう子どもたちが、
適切なケアを受けられなかったことが一因だと思う。
教育の専門用語でいえば、「特性がある」という言い方をするのだが
そういう子供たちが、適切なケアが受けられるような教育記事を書いていきたい。
また、長らく書いてきたマネー記事では、
老後のライフプランに興味がある一方で、
先日、教育記事としてLGBTの子の特性について書いた。
取材の際に、LGBTの子を持つ親の全国組織の方と、お知り合いになった。
「この子は、一般的な人生を歩めないかもしれない」
そう思う親側の立場として、息子が発達障害の診断を受けた時の自分と重ねて、
すごく共鳴した部分があった。
日本の社会は、ライフプランニング的な見地で考えると、まだ、
その概要は、コチラ。
けれども、生命保険や住宅ローンなどは、
同性パートナーを想定しているものも、でてきている。
その概要は、コチラ。
こういった金融商品を使えば、同性をパートナーに選んだ場合も、
「一般的なライフプラン」を描くことが楽になっているのは事実だ。
それは、多分に親側からすれば
「将来、ちゃんと生きていけるだろうか?」という心配だ。
ライフプラン(マネープラン)を、提示することで
こういった「親側の心配」を、少しは軽減ができるのではないか?
私は、「お金の情報を発信する人たち」の人脈を持っている。
そんな私ができることは、この分野にも何かあるのではないか?
そんなことを考えている。