主婦erに遊びにいらして下さっている皆様へ
金曜日、月曜日と無断欠席、失礼しました!
只今、ドイツ本の初稿締め切り直前です。
今週一杯は、ドイツ本にかかりっきりとなりそうなので
主婦erをお休み致します。
来週の月曜日にお会いしましょう!
ドイツ本を書くために、ドイツに到着した日のブログは
コチラ。
主婦erに遊びにいらして下さっている皆様へ
金曜日、月曜日と無断欠席、失礼しました!
只今、ドイツ本の初稿締め切り直前です。
今週一杯は、ドイツ本にかかりっきりとなりそうなので
主婦erをお休み致します。
来週の月曜日にお会いしましょう!
ドイツ本を書くために、ドイツに到着した日のブログは
コチラ。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
2か月余りに渡った「ドイツ滞在記」も、今回が最終回です。最後は、私のドイツ生活のスケッチをしてみましょう。
ドイツから帰国して1か月とちょっと。夢に出るほど、「食べたい!」と思うのは、IIMORIのタンタンメンです。

ドイツでは、ほとんどドイツ料理を食べることはなく、美食の毎日でした。一生分の美食をしたと思う。
4キロほど太った体重は元に戻っていないので、これを書き終えたらスポーツクラブ申し込みに行く所存。
滞在していたお部屋には、常に猫ちゃんが複数滞在してくれていました。

猫の定員は1名です ~私は、犬が飼いたい~ と、かつては言っていたのに、ドイツから帰国したら、「猫を多頭飼いするのもアリかも」と、思い始めている。
夫にそれを伝えると、以前から猫を増やしたい派だった夫はイソイソと「息子たちが全員巣立ったら、黒い猫を一匹お迎えする妄想」をスタートしている。猫の名前はクロというところまで決まっているらしい。(後には引けない)
猫繋がりでいえば、篤子さんの家では、常に猫に食料が狙われていた。猫に食べられないように食事を避難させながら食事をするワタクシ。


ゲスト用のトイレは、こんな感じで遊び心に充ち溢れていました。最後にお掃除をした時に、パチリと撮ってみた。

この絵は、10年ほど前に篤子さんが描いた未来予想図。いちいち写真に撮ってはこなかったものの、ここに描かれているアイテムは、ほぼ飯守邸にありました。
どういうことかと言うと、この絵を描いた瞬間は手に入れていなくとも、ものすごく具体的なイメージがあるから、出会った瞬間に、「これだ!」って、わかる、みたなノリだそうです。
あまりにも全く同じものがある加減は、軽くホラーでした。

こちらは、結婚式の時の、ダムさんと篤子さん。篤子さんは、人生が投げかけてきた問いに、イエスと言い続けてきた人。篤子さんが貸してくれた本のまんまですが。

そんな篤子さんが人生をかけて学んだエッセンスを皆様にお届けできるよう、今後は本の執筆に注力したいと思っています。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。

ゲーテは、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテというのが正式名らしい。1749年~1832年(82歳没)頃に生きた人。
私的には、シラーとゲーテがセットで、ロマン主義の源泉というイメージです。
クラシック音楽が好きなら、ドイツ・ロマン主義は避けては通れない命題なのですが。この方のブログの「ドイツ・ロマン主義の誕生と歴史」は、好みの文章! 私も、この階層まで潜って、ゴリゴリと文章が書きたくなる。。。
De。
ゲーテが、「実際に存在したんだ」ということに触れたかった私は、今回のドイツ滞在中、「行きたい!」と思った唯一の場所が、ゲーテの生家でした。

フランクフルトの観光名所は、①レーマー広場と②フランクフルト大聖堂と、今回の③ゲーテの生家。どこも篤子さんの自宅から徒歩圏内です。

冒頭の写真の建物がゲーテの生家ですが、道に面した入口からは入れません。隣に作られた記念館(新しくてオシャレ!)から入って、中庭を通って、この入口に辿り着きます。
ここからは、うろ覚えで書いています。「写真は、イメージです」くらの情報精度だと思って頂いて差し支えありません。(どーなのよ!)



この時代の西洋人にとっては、東洋の文化は神秘的で憧れの対象だったようです。シノワズリ(中国趣味)のインテリアも、好まれていたらしい。あくまで、中国”風”なことがポイントです。
シノワズリと似た概念として、ジャポニズムがある。ジャポニズムといえば、ゴッホです。

話がそれちゃうので、これで終わりにしますが、ゴッホのジャポニズム関連の絵としては、これが有名です。バックの絵は全部、浮世絵です。(一昨年、オランダにあるゴッホ美術館に行った時の話も、いつかブログに書きたい! と野望を述べておきます)。
話をゲーテに戻し。


古楽器の定義はよくわかりませんが、ゲーテの家にいくつかの楽器が置いてあったのは事実です。多分、古楽器と呼んで差し支えないのでは? 私が古楽器の演奏会に行った話は、コチラ。

ゲーテは、あの時代の人にしては長生きで、82歳まで生きました。この肖像画は、多分、70歳くらいの時のものです。

ゲーテの生家には、いろいろな国の言葉で書かれた「館内の説明図」が設置されています。。プラスチック加工がしてある紙なので、持ち帰れはしません。
館内を歩きまわる時の心強い手助けにはなり、その時の記憶をもとに、1か月半が経過した今、「多分」を連呼しながら、写真をアップしている次第です。


ゲーテの生家は、「生家本館」ともいえる、もともとの家と、隣に新設された記念館(ミュージアムエリア?)みたいなものの二本立てです。
ミュージアムエリアの入り口は、下記。ゲーテの生家の入場券も、こちらで購入します。


このミュージアムエリアには、ゲーテの時代の絵画が「これでもか!」というくらい飾ってあります。
そして、ロマン派の音楽を楽しめる仕掛けなどもたくさんあります。
見学する時間の比率でいえば、私は、「生家:ミュージアム=1:2」くらいでした。
生家だけでも見ごたえあるから、「キャー! これがゲーテの〇〇なのね」などと心のエネルギーを使っていると、ミュージアムまでエネルギーが持たないかもしれません。
【結論】ゲーテの生家は、半日くらい時間をとっての見学をお勧めします。
フランクフルトの観光名所は、①レーマー広場②フランクフルト大聖堂③ゲーテハウスと冒頭に書きましたが、①②はサラッと通って雰囲気を楽しむ場所で、③はガッツリと見る場所って感じです。(楢戸調べ)
ゲーテの自画像としては、この絵が有名です。ミュージアムの奥地に鎮座されていました。

この絵の実物を拝めただけでも、行った「かい」がありました。
が、しかし。
我々にかかると、ゲーテ自画像も、こんな感じになります。


篤子さんと一緒にいる時の、バカバカしいノリ(誉め言葉です)、懐かしいな~。
ちなみに、篤子さんは、「ゲーテの生家」を「ゲーテの”なまいえ”」と発音しており、この原稿を書く時には、私も心の中で「ゲーテの”なまいえ”」を連呼させて頂きました。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
レーマー広場はフランクフルトの随一の観光スポット。篤子さんの家から徒歩3分くらいのところにあります。レーマー広場に行った日の話は、コチラ。

黄色い⇒のあたりがレーマー広場で、「篤子さんの2号店があった場所」が紫の⇒のお店。
そう、フランクフルト隋一の観光地に、篤子さんは2号店を出したのです。
ちなみに今は、ハンバーガー屋さんになっている。(下記参照)

お店の中の造りなどは、当時のまんま。ということなので、お店に行ってみた。

ハンバーガーを頼んで。

こういうのが、「ドイツ料理」って感じなのかしらん?
しばし、店内に佇む。

篤子さんは、私のことを、他人様におどけて「おばけ書き屋」(ゴーストライターの日本語訳)と、紹介してくれたことがある。
篤子さんになりきって、本を書くっていうことで、ドイツでは「篤子コーデ」で生活をしている日もあった。(シックなものを選んでくれた)
おばけ書き屋と致しましては、篤子さんが、「どんな気持ちで、ここにいたんだろう?」などと、ここでお店をしていた頃の篤子さんに思いを馳せてみたりした。
篤子さんは、「今を生きる女」だから、将来のことを心配したりすることはなかったんだろうと思いますが。
「4年に一件は何かしらの新事業をスタートしてきた」と篤子さんは言っていた。
今、このお店は、見ての通りのハンバーガー屋さん。
今、篤子さんは、いくつかの人気店のオーナーさんだけれども、その道中には、「思うようにいかない店舗経営」もあったと思う。
ブログは、明後日が最終回。
本を書くためのデータ整理も終わりつつあり、いよいよ本の執筆に入るフェーズ(局面)となっている今週、月曜日の朝でした。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
2月の上旬の3日間、篤子さんの家の前の道でカーニバルのパレードがありました。

冬のヨーロッパは、曇天が続きます。だから、春の訪れまで、あと一歩かかる2月に、みんなでお祭り騒ぎをするそうです。


パレードが通り終わった後の道。飴を投げているんだから、そら、こうなるよね。。。
すると・・・。

すぐさま、清掃車が出動!
この車が通った後も、別のタイプの清掃車が数種類くる。なんつーか、徹底的に掃除するのよね。
その様子は、見ていてスコーンという爽快感がありました。
私も、掃除マニアなところがあるので、ドイツの徹底的な掃除に共鳴しかない。
パリに行った時に、「フランスは上を見ていれば美しいんだけれども、足元はねぇ」と現地の日本人の方がおっしゃっていた。
流麗な建物が数多く残るパリは確かに目線のあたりは、とれびあーん。(あってる??)
けれども、足元はゴミだらけなのよね。。。。
フランスとドイツ、掃除に関していれば対照的な二つの国の話でした。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
昨日、篤子さんの母校であるドイツの修道院に行った話を書きました。「修道院に行く前に、サウンドオブミュージックを皆で一回見よう!」と、篤子さん。
サウンドオブミュージック、もちろん見たことはあったけれど、それは遠~い昔。
けれども挿入歌っていうの? あの映画は、ミュージカル仕立てだから、歌がたくさん出てくるけれど、その歌、全部、「あ、聞いたことある~」って感じだった。
意外と覚えていて、だいたい歌えるものね・・・。
篤子さんの話を聞いていると、「篤子さんは、家を借りたり、買ったりすると、カーテンを縫う」という習性がある気がする。
自分の陣地になったら、カーテンだ! みたいな??
サウンドオブミュージックの中で、マリアが子どもたちの服をカーテンで作る場面があるのだけれど、それと関連しているんだろうなーって、うっすらと思った。
「自分が住みたい!」「手にいれたい!」と思う物件というのは、愛を注ぐ対象なんだと思う。愛を注ぐ対象を見つけると、カーテン生地で裁縫をしたくなる? みたいな???
こうしてブログを書いていると、ドイツでの毎日は、いつも篤子さんの遊び心と一緒だったなぁ~と思う。いわば篤子ワンダーランドの住人だったってことだな。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
篤子さんの人生を決定づけたものを挙げるとすれば、「サウンドオブミュージック」と「ドイツの修道院」。今日は、そのお話を書きましょう。

冒頭の写真は、ご自身が卒業したドイツの修道院の庭で、「サウンドオブミュージックのマリア」として歌って踊る篤子さん。
篤子さんの脳内で再生されている映像は、コチラです。

篤子さんが、「(それがあったら)素敵じゃない?」を全力で創り上げている話は、前回、書きました。
篤子さんは、「サウンドオブミュージック」を人生で初めて見た時、「あれが、私の人生だ!」と思ったそうです。
サウンドオブミュージックの主人公のマリアは、修道女です。だからといって、ドイツの修道院のフィニッシングスクールに辿りついている篤子さん、さすがすぎる。。。
【フィニッシングスクールとは?】
フィニッシングスクールWikipedeiaより抜粋
おもに『未婚の女性』を対象とし、ヨーロッパ社交界や王侯貴族・資産家・財閥家などの子女が婚姻するまでの間に、礼儀作法や教養などエッセンス的に教育を受ける機関。
なぜ、篤子さんが、ドイツの修道院を卒業したのか? は、本をお楽しみに!
フランクフルトから車で2時間半くらいの場所、シュトゥットガルトに、篤子さんが卒業した学校があります。ダムさんの運転で連れていってもらいました。(取材者の特権!)
学校の名前は、「マザーズハウス」。HPは、コチラ。
修道院といっても、清潔で簡素な現代風の建物です


日曜日の礼拝は、一般の人に解放されているので、私たちも参加しました。礼拝中は写真が撮れなかったので、終わった後の様子です。


ホールは広くて二階席まであります。

誰でも歌えるように、讃美歌集が椅子においてある。

礼拝が終わった後は、数種のケーキと飲み物がふるまわれます。(無料)

シュトゥットガルトの近所に住む、篤子さんの幼馴染の方もかけつけて下さいました。

左端の方です。日本に伝道活動でいらした牧師さんの娘さんなので、日本育ち。日本人と同じレベルで日本語でおしゃべりされていました。
例) 「今晩、麻婆豆腐作りたいんだけど、どう作るんだっけ?」と、日本語で篤子さんに質問していた。
ちなみに、この女性もマザーズハウスの卒業生です。
De。

簡素で美しいドイツの建物、めちゃ好み~!!!! しばしお付き合い下さい。




篤子さんが在学中からいる修道女さんとパチリ。

制服は設立当初から変わっていない。

クリスタ・フォン・ヴィーバーン(1873-1955)さんは、シュトゥットガルトで聖書研究をする若い女子のグループを生み出しました。やがて、神の助けを得てマザーハウスを建てたのです。
Deaconess Motherhouse Aidlingen e. V.のウェブサイトより抜粋。
篤子さんは、修道院を卒業する時に「修道女になりたい!」とシスターにお願いしたが、「あなたには、別の道がある」と言われたそう。
ある時、「篤子さんの修道院時代の友達」の話~修道院時代、休みの時にドイツに実家がある友達に誘われて実家に遊びに行ったことがあるみたいな話~になった時に、「そういえば、その子も、数百人を束ねる起業家になっているわ」と言っていた。
ホリエモンが、「『起業って何をすればいいですか?』ってよく聞かれるんだけど、『世の中の”不”に着目すれば?』って答えている」って言っていた。
不便、不平等、不合理…。そういったことを解決するのが、起業なのかもネ! そう考えると、一見、何の関連性もなさそうな、「修道院と起業」は、近い部類の話なんだと思う。
少なくとも「愛の卸売り問屋」を自称する篤子さんのビジネスのスタイルは、修道院での体験がベースになっているんだと感じた。

篤子さんがキリスト女子になったのは、パパが敬虔なクリスチャンだったから。そんなパパの写真は、なかなかのインパクト!
篤子さんのパパのバイオリン演奏を拝聴した日の話は、コチラ。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。

男性だとシェフ、女性ならばシェフィン。
篤子さんは、従業員さんからシェフィンと呼ばれています。「お店に置いて、お客様をお迎えするの~」と、篤子さんがシェフィン人形を自作していた日の話です。
篤子さんは、「(それがあったら)素敵じゃない?」という世界を創ることに集中する力がすごい。
冒頭のお人形を、どこかのお店で「発見」した時に、大まかの雰囲気はOKだったんだろが、色使いが一部イメージと異なる部分があったようだ。
そしたら、その部分の色をチャッチャッとキッチンで塗り変えていた。

この時は、私が帰国する日で、空港までのお見送りしてくれるのに、まきまきとアリチェがリビングに集合していた、そんな時間帯だった。
何かの話から、「篤子さん、清水ミチコに似ている」という話になり。
篤子 : 清水ミチコか、コロッケ。に似ているって、よく言われる
私 : え? コロッケ?? そうですか?
篤子 : じゃー、やってみるから。
そう言ってやってくれた写真が下記。ブログにアップすることを想定して、本人に確認がてらお見せすると。

篤子 : あ~惜しいね。私、もっと似せることができるから。
そして、再びやってくれたのが、下記です。

この後も、TAKEいくつまで撮ったかわからないくらい、「以下、同」っていうことを、すごい集中力で、やり続けていた。
この瞬間は、本気で「コロッケの物まね」を追求していたと思われる。
す・ご・く・な・い・で・す・か?
生き方がオシャレすぎる…。私の筆力で篤子さんを捉えきれるかどうか? それが目下の悩みです。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
「ドイツに行ったら、ビールとソーセージの生活かな?」。出発前に、そんな声かけをしてくれた友達がいたけれど、いやいや、どうして…。

「ドイツ滞在記」というタグをつけているけれど、ここまでのブログで、ドイツ料理、一回も出てきていないと思う。
篤子さんは、国籍に捉われない料理の天才だし、パティスリーや日本食店を経営しているということもあって、そうそう飯守邸の食卓にドイツ料理は出てこない。
この日は、篤子さんの顧問税理士夫妻が「ドイツ料理を持っていくわ!」と遊びにいらしていました。

では、ドイツ料理とは、何ぞや?
豚肉のミートロールは、ザウマーゲン。コール元ドイツ首相の好物だったそうです。
キャベツの酢づけは、ザワークラフト。ドイツ風のキャベツの漬物のようなもの。
そして、マッシュポテト。
シンプルやの~。
一般的なドイツ人の食卓というのは、簡素だそう。
朝はパンにバターやチーズ。昼はがっつり食べるのだけれど、夜も再びパンにバターやチーズ。
そんな感じの食事をしているそーだ。
ドイツに行く前に、「はて。ドイツって、どんな国よ?」と思って読んだ本が、こちら。

要は、ドイツ人は、質実剛健で簡素な生活を好むという内容だった。
篤子さんに聞いた話によれば。
ドイツのラッシュアワーは午前6時台だそう。
・7時から仕事を始める人は、12時まで働けば5時間。昼休みをとらないで働くと、最速で、午後2時には仕事を終える。
・8時から仕事を始める人で昼休みを1時間とったとしても、夕方4時には仕事が終わる。
それ、私やん・・・。
ちなみに、このブログを書いている今は、午前6時52分です。
上記の他にも、一般的なドイツ人は、こんな生活をしているようだ。
・午後9時以降は、休息時間。(夜10時以降に騒いでいたら通報できる)
・電子レンジは使わず、冷蔵庫は小さい。
・日曜日は、休息日で何もしない。
それ、私やん・・・。(アゲイン)
日本にいると、私のライフスタイル、「変わっているよね~」という扱い。
けれども、ドイツでは、私みたいに暮らしている人が主流ということを知り、アイデンティティを得た気分になった。
それに、私の好きなものは、ドイツ製であることにも気がついた。
芸術分野では、ブラームス、バッハ、ベートーヴェン、ゲーテ。
日常生活エリアでは、フィスラー(鍋)、BIRKENSTOCK(靴)、WECK(ガラス容器)、LAMY(万年筆)、STAEDTLER(ペンや鉛筆)。
【結論】
Ich bin Deutsche(私はドイツ人です)
祖国に行けて良かったよ!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。

篤子さんは、朝一番の日課として、工場に顔を出します。

すごく当たり前のことだけど、ケーキはホールで焼いて、デコレーションして、切って販売している。
かつて。
私も、主婦としてクリスマスや誕生日などに、ケーキを手作りしたことがあったが。これまた当たり前ながら、こんなにキレイにはできない。
「売り物になるレベル」のケーキを作るのがプロなんだろうが、このレベルに仕上がったケーキを目の当たりにすると、めちゃ興奮する!

そういえば、双子の息子たちは、保育園の時の卒業文集は、二人とも、将来の夢に「けーきや」と書いていたっけ。


この写真だと篤子さんが、つまみ食いをしているみたいに見えるが。ちがーう!
デコレーションに使うフルーツの中には、「お客様に出せないが、捨てるのは忍びない」という品質の物が混じっている。
篤子さんは、そういったフルーツを雑談をしながら食べているのだ。
ちなみに、こういったフルーツは、「シェフィン用」として、冷凍庫に保管されている。
「フルーツを捨てるのは忍びない」という従業員さんの気持ちを、そっと受け止めている篤子さん。素晴らしい。
篤子さんの従業員の方に対しての姿勢、昨日、ちょうどテープ起こししたので抜粋しておこう。
店に入ったら、私は、洗い物をしている。洗い物は、誰でもできるでしょ。従業員が職場で大切な時間を過ごしているんだから、私は、それを守る係な気がする。たとえば、母親だったら、「あんた、今、受験してんだから、ご飯をママが作るから、とにかく勉強しときなさい」と言うじゃない? それと、同じ。

これは、秘書さんからの業務連絡を受けている電話風景。篤子さんは、秘書さんからの電話を切る時は、「寂しかったら、また電話してね~」みたいな声かけをしている。どんだけ?
篤子さんは、アルバイトを含めれば100人を雇う社長さん。篤子さんの社長としての姿勢を目の当たりにできたこと、それだけでもドイツに行った「かい」があるってもんだ。

当たり前のことを連呼して恐縮だが、飲食店の倉庫はスゴかった。食べ物を提供する仕事の裏側って、これだけのストックが必要なんだ・・・。
この他にも、巨大な冷蔵庫や冷凍庫が複数あり、チョコレート工場もある。

食べ物、食べ物、食べ物。。。とにかく、凄かったわ! ← 語彙
保育園の頃、双子の将来の夢は、ケーキやさんだった。ケーキが、どれだけ好物だったかが伺われるエピソードだ。
そして、彼らは小学生の時、寿司をモチーフにした工作を作っていた。
ケーキと寿司。小学生の彼らをタイムマシンと飛行機に乗せてIIMORIに連れて行ったなら、狂喜乱舞をするだろうに。
寿司がモチーフの工作は、こちら。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
私がドイツにいる間に、IIMORIのインスタ撮影と、篤子さんのTikTokの打ち合わせがありました。その時の様子をお届けします。


インスタは、IIMORI(IIMORI_patisserie)で検索して頂ければ出てきます。
本日(2024年3月5日)現在、この撮影分は、まだ公開されていないと思う。
本ちゃんの写真は、IIMORI_patisserieのインスタでお楽しみ頂くとして(笑)。
ライターとしては、言葉で、この日のことを書いてみます。
篤子さんの世界観は、とにかく、KAWAII。日本が誇る文化ですよ、かわいい!って。

上記のデコレーションは、iimori_patisserieを取り仕切っているジェーンちゃん作。

この写真、上手に撮れなかったのだが。シェフィンと話をしている時のジェーンちゃんの表情を、皆様にお目にかけたい。
大好き!!!っていう気持ちが、表情から溢れ出ている。
それも、そのはず。シェフィンとジェーンちゃんとの間には、長い時間の積み重ねと、深い深いストーリーがあるから。
それはジェーンちゃんに限ったことではなく、どの従業員さんとも、篤子さんは、がっつりと向き合っている。
話が別方向に走り出してしまいそうなので、話を撮影に戻すと。



篤子さんの世界観って、ぜ~んぶ、かわゆすよねぇ。← 語彙!
撮影が終わった後は、同じビルの上のある自宅に持ち帰り、試食~。

うん、もちろん、おいしい。
飯守邸にいると、浴びるように「贅沢な食事」のオンパレードだった。懐かしいなぁ。
普段、粗食で暮らしている私は、すぐに胃もたれしてしまい、なかなか、どうして、思ったようには食べられなかったが…。
どこでもドアがあるのなら、1週間に1食だけ、飯守邸に行くライフスタイル希望。
この日は、篤子さんのTik Tokが始動する打ち合わせ。篤子さんの秘書すみれさんと、TikTokを担当される綾子さん。

ピンクのセーターがすみれさんで、黒いセーターが綾子さん。

篤子さんは、人たらしだと思う。
この日も、初対面の綾子さんを一気に「自分のファン」にしていたもんね。。
かくゆう私も、篤子さんに熱狂しながらブログを書いて、毎日、篤子さんの取材のテープ起こしをしてマス。(まだ本の執筆には辿り着けず)
綾子さんとは、「一緒に飯守さんを盛り立てていきましょう!!」と話しています。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになり、取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
篤子さんが、ビジネスパーソン向けにお寿司教室を開催した日のことは、ご紹介しました。今回は、「本気でお寿司を習いたい人向けの教室」のルポです。

下記は、iimoriのHPから抜粋した「お寿司教室」の2024年度の予約状況です。一言で、「篤子さんのお寿司教室」といっても、大きくは、①懇親目的の方たち。②お寿司を習いたい人たちの2パターンがいます。
下記の教室は、②お寿司を習いたい人たち。が申し込んでいるのだと思われる。

もちろん、懇親目的の方たちの中には、「いつかは、お寿司を習ってみたかったんだ!」という人もいるだろう。
反対に、お寿司を習いに来ている人たちの中には、「友達と一緒だから、習ってみたいんだ」という人もいるだろう。
たとえば、このメンズたち。

めちゃ楽しそうに習っていた。ドイツ男子の遊び方という記事にも書いたけれど、ドイツ男性の交友を垣間見ると、「日本とは異なる」と、感じる。
たとえば、日本女性は友人と「何かを一緒に習いに行く」という余暇の過ごし方をするけれど、日本男性が、友人と連れ立って習い事に行くだろうか?
そもそも、社会人の日本男性が「習い事」をしている姿って、あんんまり思い浮かばない。日本には、まだ、「男は仕事をして、なんぼ」っていう空気が濃厚なのかも!?
そんな違いは、「ドイツに行ってみたから」気がついた。
De。

篤子さんの実演を眺める、男性の目の真剣さよ! (笑)。

自分たちで実際に巻いてみるひとときなんて、真剣そのもの。
全てが、終わっての試食time。下記の写真の巻物の量に着目下さい。


ビジネスパーソン向けにお寿司教室の時は、仕上がった巻物の量が少な目だった。
そりゃー、そうよね。初めて会う人たちでの懇親目的なら、自己紹介やら仕事の話が中心。お寿司を巻くことに重点を置いていてはいけない。
いろんなニーズのお客様がいるのは当たり前。篤子さんは、その会、その会のニーズに合わせて、教室で話す内容もガラリと変えているとのことです。サービス業の鏡!!!
篤子さんの寿司パフォーマンスは、フランクフルトで大人気。懇親会向け、ガチに習いたい人向け含めて「今は、なるべく教室は週に1回くらいにしてもらっている」とのこと。
そうは言いつつ、私の滞在中、お寿司教室は何回も開催されていました。


このグループは、親族系だったかしらん? そんな時は、「先生」という感じの衣装ではなく、明るい色のお洋服。TPOに合わせて、衣装!?も変化します。
余談ですが。
篤子さんは、洋服はもちろん、和服も自由自在に着こなします。篤子さんのレシピブック、ファッションブック、インテリアブックがあっても楽しいかもネ。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。

ドイツでは、基本、取材か原稿仕事をしていました。「原稿仕事」というのは、原稿を書くだけでなく、いや、むしろ「原稿を書くための下準備」に多くの時間を割いていた。
下準備とは、撮影した画像の整理、インタビューをした音声データの変換など。取材データは、そのままでは使えず、「原稿を書く時に使いやすい状態にまで整理しておく」という工程が必要です。
飲食店に習っていえば、仕込みってことになるのかな?
結論、「本の原稿を執筆」という領域には、全く到達できなかった。
ドイツに行く前まで、そして滞在中は「ドイツにいる時にしか書けないことがある。ドイツで本を書き上げたい!」くらいに思っていたので、気持ちだけが急いで、自分にプレッシャーをかけて空回りしていた。
人生は、やってみないとわからないことだらけ。
ドイツで普通に暮らしていたつもりだったけど、「自分にプレッシャーをかけていた」ということは、東京に戻ってきてから言語化できた。
「原稿に向き合う」という意味なら、東京に戻ってきてからの方が、いい感じで向きあえている。
で、だ。
勝手に一人でプレッシャーをかけて、仕事に追われた(気分だった)ドイツ生活だったけれども、近所を散歩する時は、心安らぐひと時だった。
注:篤子さんは、常に、「頑張んなくていいよ!」と声かけしてくれていました。
夫の転勤で北海道に住んでいた時、「北海道は、何でもない景色が美しい」と思った。たとえば、ちょっと車で郊外に出た時に通った、田園風景の中の名もなき道。
そんな風景が、「私の中の北海道」のイメージになっている。ドイツ生活も同じ感じ(雑)。そんな日々の風景を紹介します。


昨日紹介したフランクフルトの大聖堂。どこからでも姿が見えるのだけれど、違う角度からだと雰囲気も違うね。
この日は珍しく晴天でした。今、思ったけれど、「ヨーロッパの1月~2月は曇天ばかり」と書いたけれど、晴天の日もあったのかもしれない。今となっては、謎。

スーパーで売っているお花の色使いも、日本とは違う! って思った。包み紙だって、ドイツ語が印刷されているしね。。。
こうしたちょっとしたことが、私の中の「ドイツの思い出」となっています。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
篤子さんの家から徒歩1分(もかからない)に、フランクフルト大聖堂があります。

アルプスの少女ハイジの舞台は、フランクフルト。アニメにこんな絵があります。これ、フランクフルト大聖堂だと思う。



この空間で、日曜日にはミサが行われます。誰でも入れるようで(私も入れているし)、さまざまな人種の方が大勢参加されていました。

この建物の規模感、建物の写真だけでは伝わらないかもですね。。。
こちらは、フランクフルト市街を見下ろすスポーツクラブから撮影した大聖堂です。大きさ、伝わるかなぁ?

ドイツ滞在中、原稿仕事の合間にフランクフルト市街を散歩していました。方向音痴なので、すぐに迷子になるのだが、大聖堂という目印があることが安心材料でした。
大聖堂は、私のドイツ生活を見守ってくれた建物です。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在しました。そんな日々の覚書。
ドイツの、「FKK(エフ・カー・カー)」という文化は、ご存じですか? 今日は、私がFKKに触れたお話をしましょう。

FKK(Frei Körper Kultur)とは、日本語訳をすると、「裸体主義」のこと。簡単に言えば、裸で行動する! といった意味合いの言葉です。
篤子さんから、初めてFKKという言葉を聞いた時は、とてもビックリした。曰く。
ドイツには、FKKという文化があるの。着ている物で人を判断しないといった考え方で、ヌーディストビーチなど、裸で過ごす場所がドイツにはたくさんあるのよ。
冒頭の写真は、スポーツクラブのFKKエリアの休憩室です。
FKKエリアだからといって、ずっと全裸でいる必要はなく、多くの人はサウナとジャグジーに入る時だけ全裸、そうでない場所ではバスロープやタオルを羽織っていました。
スポーツクラブに行った初日。篤子さんにFKKの説明を受けた後、「ちょっと、様子を見てみる?」と、FKKエリアの扉を開けてみると…。
目に飛び込んできたのは、全裸の欧米男性たち。。。え!? ありえない!
夫以外の男性の裸を見てしまったなんて、夫に申し訳なさすぎる! ビックリしすぎて、胃痙攣になりましたヨ。
そんな私でしたが、結論からお伝えすると、ドイツ生活では、FKKエリアで多くの時間を過ごしました。
それは、なぜか?
FKKを初体験の日からしばらくして、日本人の異業種交流会で交わした会話がキッカケでした。
会話のお相手は、「ドイツで金融関係のMBAをとったので、金融一筋(★)でドイツで暮らしています」とおっしゃる女性。堅くて真面目そうで、親近感が沸きます。
★分権政治のドイツ。フランクフルトはドイツ金融の中心地です。
女性 : もうサウナには行かれましたか?
私 : 行ったんですけど、FKKにびっくりしゃって。
女性 : 最初はびっくりしますけど、すぐ慣れますよ(こともなにげ)
「えー、慣れるの??」と思ったし、何より、その堅くて真面目そうな女性が、「こともなにげ」といった雰囲気で話をして下さったことにショックを受けた。
カルチャーショックという言葉があるけれど、文字通り、単に私はカルチャーショックを受けているだけなのかもしれない・・・。
ドイツでは、ごく当たり前のことなのだ、と。「郷に入れば郷に従え」と言う言葉もあることだし、「ありえることなのかも」と、事象を捉え直してみることにしました。
女性と話をした翌日、FKKエリアのジャグジーで、欧米男性と混浴デビュー。
「私、温泉に入っているお猿さんみたいだな」と思い、猿が洋服にこだわっている方がおかしい気がして、そこからはFKKエリアのサウナやジャグジーを使うことにしました。
FKKエリアのサウナは、新しく広々していて水風呂も使いやすかった。加えてジャグジーはFKKエリアにしかなかったので、「湯舟が目的でスポーツクラブに入会」した私にとっては死活問題!
FKKに慣れてみると、「アダムとイブがリンゴを食べなければ、男女は、こんな感じだったのかなぁ」と、のびのびとした気持ちを感じました。

冬のヨーロッパは寒かった。

ジャグジーやサウナで身体を温めた後、公園越しに眺めたドイツの高層ビル群の景色。こうして日本でブログを書いていると懐かしいです。

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

篤子さんが、起業をしたのは29歳の時。当時、ANAの正社員としてフランクフルトで働いていたが、「同じことを繰り返す毎日に、飽きていた」と。
そこで山ちゃん(★)に声をかけて、二人三脚で飲食店をスタートした。
★この記事の「パリのお店の責任者は、山ちゃん」をクリックすると写真があります。
最初3年間は、ANAを続けながら、二足の草鞋でam mainを経営していた。
マイン川はフランクフルトを象徴する川である。(写真は、wikiさまから拝借しました)

昨日のブログで、「フランクフルトは、高層ビルと古い街並みの街」と表現した。
この写真だと、それがよくわかる。・・・って、同じ画角の撮影スポットを、何回か通っていたのに、自分で撮影して来なかったことが悔やまれる。

本の取材で、篤子さんは起業当時を「瓦礫の中に、山ちゃんが姿を現した」と表現していた。
パリに行った時に、山ちゃんは、「トラックで材料を買ってきて、お店の内装を手作りした」と、言っていた。
それぐらい、一から手探りで作ったお店が、篤子さんと山ちゃんの1号店である「寿司 am main」なのだ。

お店に一歩足を踏み入れると、「確かに、ここは篤子さんが作った空間だわ」と感じた。
お寿司屋さんだというのに、インパクトのあるシャンデリアを中心に持ってくるあたり、篤子さんテイストを感じる。
店内はインテリアを含め、創業当時と全く変わっていないそうだ。
上記の写真だけ見ると、ここがお寿司屋さんだとは思わないよね。。。後年、篤子さんがパティスリーを開店するのは、DNAレベルで必然だったのかもしれない。

まきまきのママ友は、「フランクフルトでお寿司を食べるなら、アムマインだよね」と言っていたそう。それだけ地域に根付いたお店に育っているんだと思う。

寿司 am mainは、地下にある。
取材を終えて、地上に上がる階段を上っていると、空が見えた。
30年前の篤子さんは、異国の地で、この空を見上げながら、何を考えていたのだろうか? (こう書いておいて、「悠長に空を眺める余裕はなかった」に一票。)
今は、どこから見ても、ピッカピカの成功者に見える篤子さん。
本の取材を通じて、その成功は一筋縄ではいかなかったと感じた。
篤子さんは、どの工程(行程)も心から楽しんできたから、「苦労」とか「失敗」という言葉とは違うのだが、「うまくいかないこと」は、たくさんあった。
本では、そんな部分も、書き込めると良いなと思う。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
全10話のパリ滞在記が終わり、舞台は、フランクフルトに戻ってきました。
パリ滞在記の初回は、コチラ。
篤子さんは、飲食店事業と不動産事業を営んでいます。この日は、篤子さんが持っている物件を見せてもらうため、車でフランクフルト市内を回りました。

フランクフルトは、ドイツの金融の中心地。古い街並みと、金融機関のピッカピカの高層ビルが混在する、不思議な景色の街です。

このエリアは、フランクフルトの高級住宅地。古い家並を撮ろうと思っていても、高層ビルが自然と映り込んでくる…笑。

この方角だと、ようやくヨーロッパの街並みっぽいかしら? 空が曇天だと、ヨーロッパらしい色使いの建物も映えないわね。
1月のドイツの空は、ずーっと曇天でした。

素敵なマンションを見ると、「どんな暮らしをしているのかな?」って、ワクワクする!
このエリアには、篤子さんが海外進出した1号店である「寿司アムマイン」があります。(「寿司アムマイン」の話は、次回)
ダムさんは、「持ちビルで篤子さんがお店をする」のが、お好きだそう。不動産を購入する時は、「ここで篤子が、店ができるか」が判断材料の一つになるのだとか。

この店舗物件、以前は篤子さんがお店をやっていたが、今は、経営者は別の人でオーナーだけ篤子さんがやっているそうです。

行った時間帯は、残念ながらお店の営業時間帯ではなくお店の中に入れませんでした。
お店の外に、Japanisches Ramen とある。写真を見ているだけで、お腹がグーとなってきました。(これを書いている只今、お昼前です)
この店舗のあるビルの上は、アパートになっているそうです。

このポストの数だけアパートを持っているって、すごいよね!
こうして日本で画像を見ながらブログを書いていると、「ほんっとに、ドイツでインドアライフを送っていたなぁ」と思う。
「プライベートの旅行」で行ったならともかく、今回は「仕事かつ暮らす」だったからね。。
そうなると、ワタクシは「日本での生活スタイル」を踏襲してしまうということが、良くわかった。
ドイツでの行動範囲が、ほぼ、篤子さんの自宅エリア(800平米ある!)と篤子さんと一緒に行くスポーツクラブだけだった件。
それで日本に帰ってきても、「〇〇に行っておけば良かった」的なことは一切思わない。「生粋のインドア派が海外に行くと、こーなるのね」という事例紹介として開陳しておきます。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。

パリ出張中、毎日、ダムさんから篤子さんに「篤子がいなくて、寂しいよ」と、電話がかかってきていた。
そして篤子さんがフランクフルトに帰る日は、本当に嬉しかったらしく・・・。
ダムさんは、列車が到着するホームまでお迎えにいらしていた。
列車がフランクフルトに到着するまでも、「列車のフランクフルト到着は、時間通りだよね? 僕は駅のホームまで行っておくから」などと、何通もメール入る。
2泊3日、離れ離れなだけなのに、どんだけ待ち遠しいのだろう? と、微笑ましい。
ドイツでは、子供がギムナジウム(高校生くらい)になると、ステップファミリーが多くなるらしい。
まー、なんというか、「愛情がなくなったら、お別れする」みたいな文化?
反対に言えば、「お互いに大切なパートナーであり続ける文化である」とも言えるのではないか?
ヨーロッパは、おしなべて、パートナーシップや愛といったことが、日本に比べて尊重されている社会な気がした。
恋愛体質全開の友人と会うと、毎回、「頭、大丈夫?」と思うけれども、彼女はヨーロッパに移住したら、今より満たされるのではないか? などと感じた。
話がとっちらかってきましたので、篤子さんに話を戻し。

仲良しカップルというのは、見ていて微笑ましいものですね。
見とれてしまって、二人と距離が開いてしまったではないか!

この後、慌てて追いかけましたとさ。(追いつきました!)
パリ滞在記は、これにて終わりです!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
2日目の夜は、パリに住む日本人の方が篤子さんを訪ねていらした。フランクフルトでも感じたことだけれど、篤子さんは多くの「現地の日本人」に慕われている。それは、パリでも同じこと。

この方たちは、パリでフリーランスでお仕事をされているそうです。女性の方が、「たから」のお客様としていらして、以来、仲良くされている御縁だとか。
「たから」抹茶バーは、「たから」の離れのような存在です。冒頭の写真では、伝わりづらいかもしれないけど、しっぽりとした離れのような空間です。

よく見ると、入口に看板が出ている。

宝 会員制 倶楽部
おお、すごいな! 会員制ですか。私は、パリの会員制のクラブの会員なのだろうか?(違)

この日、私が印象に残ったのは、「習い事」の話。
日本は、何かを習いたいと思ったら、たくさんの選択肢がある。
けれども、パリには、「余暇活動の一環として気軽に何かを習う」みたいなカルチャーがないんだって。
えーそうなんだ。。日本だったら情報が溢れかえっているけどね、と、驚いた。
冒頭のお二人は30代の後半でパリにいらして、かれこれ十数年住んでいらっしゃるそう。フランクフルトの日本人会でも驚いたけれど、(駐在ではなく)御身ひとつで海外に出て、そのまま住んでいる日本人の方って、私が思っていたより断然、多いと思う。
今回のドイツ暮らしで、「外国に住みたい!と思う人は、一定数いる」ということを知った。
そうした方々は、気軽に他国を飛び回っている御様子。
今回、フランクフルト(ドイツ)からパリ(フランス)に行くにあたり、パスポートを持って行ったけれども、誰からもチェックされることなく、私はフランスに入国できた。(地続きだし)
島国・日本に住んでいると「外国」は一括りで、「とても遠い場所」って感じ。
けれども、「私が思っているよりも、『外国に行く』は気軽なことなのではないか?」なんて気分になっていました、パリにいる時は!(←ここが重要。笑)
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
篤子さんと一緒に行動するようになって、「賄(まかない)」という言葉を頻繁に聞くようになった。

賄(まかない)とは、スタッフさんが作る、スタッフさんのための食事。「ザ★飲食店の裏側」って感じのワードよね。



裏側ついでに、カウンターの内側や厨房、そして、スタッフの着替えする場所や休憩室なども見学させてもらった。


社長の風格の篤子さん。
お客様をお迎えする直前の客席。神聖な緊張感が漂う。


店内の、そこかしこに浮世絵が飾られてある。そうか~、日本って、そんなイメージなのね。
この日は、昼(12時~3時)だけで、50万円以上の売り上げがあったそう。そんな日は、社長がシャンパンで乾杯していた。楽しそう!
「あにき」とは、古いもの。AとBのタッパーがあったとして、Aのタッパーに入っているものの方が古かったら、「あにき」と呼ぶ。こうして、新陳代謝に気をつける。
これって主婦業にも使える技よね。私も家庭内に「あにき」という言葉を流通させよう!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
篤子さんは、「たから」から徒歩1分くらいの場所に、パリ滞在用のアパートを借りている。ちなみに、パリには「所有」しているアパートもある。どんだけ?

このアパート、入口からして雰囲気があって素敵です。ご案内、致しましょう!

道に面した大きな扉を開けると、まずはテラスが広がっています。(下記)
下記写真で、向かって左側はホテルです。いわばホテルの中庭を通って、アパートの入り口に到着するのです。

建物の入り口に到着!

お部屋はこんな感じです。3部屋とキッチン、パス・トイレ付。

フランスの教科書に必ず出てくる、詩人のモリエール。ドイツで言えば、ゲーテのようなもんかな?
そのモリエールの像がある通りに、篤子さんのお店やアパートはある。

こういうのが出てくると、いきなりヨーロッパって感じよね。パリは一度も戦争の襲撃を受けていないので、古い街並みが残っていて、そこも、ザ★ヨーロッパって感じなんだけれども。
こちらは、パリのスーパーでござんす。日本で言えば、西友みたいな感じ? 食料品や日用品を買う場所です。

実は、一昨年、フランスの「ランデ村」を取材した際、10泊ほど滞在した宿はパリでした。その時のお宿は、このすぐ近くで、最寄りのスーパーが、モンプリの、この店舗。
ゆえに、パリの街並みを見て、「懐かしい・・・」と感じた。
そんな自分に驚く。なぜなら、前回は「火星と同じ」くらいパリが遠かったから。
最後に海外旅行に行ったのは、1998年頃。そもそも、海外旅行には全く興味がなかった。
長男は2000年生まれで、21世紀の大半を子供を3人産み育てることに費やしていた私は、1990年代(20世紀)は、「前世」レベルに遠い話。
だから、海外に行くということが、私にとって、ものすごおく「事件」だったんです。それが、今では1か月も住んでいるんだもんね。驚きです。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
「たから」にしばらくいると、日本人スタッフは日本語が通じるので、ここがパリであることを忘れる。


私の隣の席にも、フランス人、いた、あるよ。
「寿司」や「しゃぶしゃぶ」と美食続きで胃袋が疲れていたので、この日は、焼き魚定食をお願いした。

この銀だら、めちゃくちゃ美味しかった! そして味噌汁が五臓六腑に染みわたる・・・。

あん肝ときんぴら。この絶妙な組み合わせに、やられます・・・。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。


篤子さんのお店とアパートがあるエリアは、ルーブル美術館の近く。そして、オペラ座の近くでもあります。
パリと言えば、リッツホテル。篤子さんは慣れたもんで、リッツの中を案内してくれました。



ホテルを歩いていたら、ドイツの会社の秘書さんから電話がかかってきた。まるで我が家のように、リッツの椅子に腰かけて対応する篤子さん。


モンブランが有名な、アンジェリーナでスタッフさんに差し入れ用のケーキを購入。


コレ、「パリ土産」として、とっても人気があるんだってさ。
「たから」に戻って、スタッフさんと一緒に

「たから」の寿司職人の中には、パリにパティシエ修行をするために来た方もいらっしゃる。そんな方が、サラッと作って出してくれたケーキ。

家業が飲食業って、何か色々なことが麻痺するのでは? と、感じる昼。ケーキ食べ放題が日常的って、すごいよねぇ。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
フランクフルトに住んでいる篤子さんが、なぜ、パリにも店舗を構えたのか? そもそものきっかけは、「パリで住むように暮らす」という雑誌の特集だったそうです。
「(そうなったら)素敵じゃない?」が原動力の篤子さんは、パリで、「カフェオレを飲んで、クロワッサンを食べるみたいな生活をするって、素敵じゃない?」と思い、それができる世界を実現したのです。
・・・と、ここら辺の話を書くと長くなるので、それは書籍のお楽しみとして。
我々は、パリの街に繰り出して、朝ごはんを食べることにしました。篤子さんのパリのアパートから、ものの5分ほど歩いたところにあるPOUL。

POULは、日本にも上陸しているから、ありがたみは薄いものの、やっぱりPOULは、おしゃれよねぇ。POULに初めて行った日の驚きは、今でも忘れない。(札幌でデビューした)
ERIC KAYSERは、日本にあるかしら? メゾンカイザーは、新宿・伊勢丹にあったと記憶しておりますが。


実は、1日目のPOUL、店舗内も撮影したんだけど、写真が今ひとつだった。。リベンジとして、ERIC KAYSERでは、店舗写真を多めに撮ってみた。





この写真の篤子さん、少女のようね。
カフェオレは、人を少女にする。なんつって!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
「たから」は、篤子さんのパリの3店舗の中で、中核を担う店です。創業は1958年、今の場所に移転したのが1963年。
伝統的な江戸前寿司をお目当てに、パリのセレブ達が集まるお店になっています。

「たから」は常に満席で、その人気は、「予約しておかないと入れない」というレベル。
おフランス人が店内で寛いでいる姿を見ると、何だかニッポン人として誇らしい気持ちになる。



篤子さんの「いつものカクテル」で乾杯して、「いつものお料理」が運ばれてきます。



あん肝、昆布の煮つけ、筑前煮。


ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんがパリに持っているお店は、3店舗。「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」です。たからのHPは、コチラ。
月に1回くらいのペースで、篤子さんはパリのお店のスタッフに会いに行きます。そんなパリ行きに、同行しました。パリ滞在記①は、コチラから。
フランクフルトから新幹線に乗って4時間。パリに到着後、地下鉄に乗って、移動します。
3店舗とも、パリのオペラ座やルーブル美術があるエリアにあります。
毎回、お店に到着すると、スタッフさんと一緒にシャンパンで乾杯するそう。

空海に足を一歩踏み入れると、和食店の匂いがして、ものすごくホッとした。
ドイツのお店でも和食は扱っているけれど、パティスリーですからね。。。
ザ★日本という店内、ホッとします。

浮世絵と、和紙、木目調の壁…。パリのど真ん中に、突然現れる和空間が不思議な感じ~。

しゃぶしゃぶって、SHABOU SHABOU と書くのね。後ろに、SHABOU SHABOU KOOKAIって書いてある。


三つ星レストランが居並ぶパリで勝負できる、日本の刺身って、どんな味だと思いますか? そんじょそこらのレベルではなかったよ。超・高いクオリティ。

お造りが食べ終わったら、しゃぶしゃぶ、スタート!
お野菜たっぷりで、心も身体も癒された。

あつこさんが35年一緒に仕事をしている山越さん。あつこさんが、「山ちゃん、山ちゃん」と呼んでいるので、私も山ちゃんと呼ばせて頂いています。
一流の職人さんです。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
昨日は、無断欠席、失礼しました。只今、パリに来ています。それは、なぜか?
篤子さんは、パリにある「たから」と「空海」と「たから抹茶バー」3店舗の社長でもあるからです。たからのHPは、コチラ。
パリのお店の様子伺いに同行しました。

フランクフルトとパリは、新幹線で4時間の距離です。飛行機だと1時間くらいだそうですが、パリのシャルルドゴール空港は、パリ市内と1時間くらい離れているのよね。。。
そんな訳で、電車で移動します。篤子さんは社長さんだから!? グリーン車です。1号車と2号車がグリーン車だそう。



ドイツといえば、プレッツェルということで、遅ればせながら食べてみた。篤子さんは、シンプルなやつ。
私は、バターの入ったタイプをチョイス。

ドイツで「缶の日本茶」といえば、「あなたのお茶」。
「お~い、お茶」ではないのね。。。ちなみに、サングリアさんの商品です。
プレッツェルって、日本で言えば、お煎餅みたいなもんかなぁ。茶しばいてぇ、プレッツェルを食べている間にパリに到着!

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
フランクフルトは世界的な空港拠点。ゆえに、世界規模の見本市が開かれています。篤子さんが、食器や雑貨関連の見本市に行くのに同行しました。

個人的に、ドイツの地下鉄に初めて乗れたのが嬉しかったなり。

篤子さんの家は、「Dom/Romen」。 メッセ会場は、まんまFesthalle/Messe」。3駅です。
地下鉄の中は、カラフルです。

まきまきが営業している飯守市場では、日本の雑貨も置いている。そこで扱う雑貨たちとの出会いがありました。
下記は、日本の雑貨メーカーさんが扱う食べ物をモチーフにしたボーチのシリーズ。世界の問屋さんから大人気で、次から次へと、お客さんが入り乱れていた。


日本人が頑張っていると、嬉しいもんです。ブランドのロゴは、こちら。

シュパットは、ご存じですか? 日本でも大人気のエコバック。文字通り、シュパッ! っという勢いで、広げられるのです。
生活雑貨が好きな人は、チェック済のアイテムだと思う。
シュパットの開発者の方がいらっしゃいましたので、一緒に撮影してもらいました。

今、シュパット人気は凄いから、「私、シュパットの開発者です!」とブイブイ言ったっても良かろうに、全く、そんなそぶりはなく、控え目。
そーゆー人に成功の女神は、微笑むのねー。
TONOさんは、海外の日本食店向けの「軽いけれど、高見えする食器」のメーカーさん。ちゃんと陶器なんだけど、軽い。

看板が「グレー+白」がズラッと並ぶ、この通りに出店しているのは、日本のメーカーさん。

「世界的な見本市」で出品されている日本製品は、純・日本的。これって、よく考えれば当たり前なのかもしれないが、「日本とは、何ぞや?」を考えてみるきっかけになりました。
メッセ会場は、こんな感じ。広すぎて、全体像はわかりませんでした。(おいっ!)

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

ある日、日課であるスポーツクラブに行く道中、全身、金ぴかの自己肯定感高そうな女性に、篤子さんが声をかけられていた。曰く。
「iimoriのケーキは、世界一。 iimoriは、世界一、素敵なカフェ! ありがとう!って、言いたかったの」
全身全霊の賛辞、すげーーー!
篤子さんは、「うちのお店が好きなお客さんは、あんな感じの方が多いの」とおっしゃっていた。
IIMORI PÂTISSERIE のHPは、コチラ。
ある朝、頑張って、開店直前の店内を撮ったので、最後にのせておきます。
その心としては、「お客様がいない時に、店内のインテリアを撮影する」というものだったのだが、そう考えるのは、素人考えだったと思い知る出来事がありました。
日曜日、遠出をした時のこと。自宅に帰り着く前に、一服しようとお店に寄ると、閉店直前のせいか、いつもよりは人が少ない。
そんな店内の様子は、こちら。

「お客さんが好きにピアノを弾いて下さい」というスタイルのピアノ。このお兄さんは、もちろん、お客様です。
自分でワインをオーダーして、ピアノを弾いるのだが、この方の選曲や弾き方が、お店とピッタリマッチしているんだわ~。
その他にも家族連れや、友達同士が、思い思いのスタイルで寛いでいる。
お客さん同士は知り合いでも何でもないのに、お店全体が一枚の絵のように感じた。
お店というのは、お客さまがいてこそ、「完成」なんだなと思う。
店内のインテリア紹介に入ります!
こちらは、奥の間的なスペース。

照明がポットだったり、遊び心が、ふんだんに詰まっている。
何をどう考えると、この風景を作れるのか? 絶妙な組み合わせのインテリア。
奥の間から、路面に面しているエリアを見ると、こんな感じ。


絶妙な組み合わせすぎて、草。(他の言い方ないのか? 疑惑)

メニュー表も、篤子さんの手書き。こうして写真で見ると、照明器具が、いちいち、インパクトあるね。。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
ダムさんが、よくお友達を家に招くという話は、以前書いたが、再び、別のお友達がいらっしゃっていました。
今回のお友達は、花束持参。キャッ! 素敵!!!

平日に男性が自宅で夕飯を作り合う。そして、お話をする。
ドイツのそんなカルチャーだけでもウットリなのに、お土産が、奥様への花束ですよ!
どーですか!!(私がドヤ顔をして、どうする!)
肉焼きエリアでは、男子が肉を焼いていた。カメラを向けたら、こんなポーズをとってくれました~。


今日は篤子さんが、ちゃちゃっと、お料理していました。
数分で並んだ品々。あいかわらず、どれも激うま。とりわけジャガイモ料理がおいしい印象です。

私は、会食の際は、ノンアルビールをシャンパングラスで頂いています。
ドイツのノンアルビール、まーじーで、おいしいわ!!!
私がアルコールOKの身体だったら、ビール(アルコールいり)の飲み比べなど、楽しみかたがもっと広がったかもと思うと、少しだけ残念。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんは色々な人に慕われているが、とりわけ舎弟系(だから男性)のご訪問が多い気がする。

この4名の男性たちは、パリから1名、リヨンから1名、日本から2名。フランクフルトの見本市にやってきた帰り道、「ちょっと寄らせて下さい」とワインの乾杯だけにいらしていた。
手土産は、猫が大好きなチュールです。

ちなみに、見本市で販売されていたのは鉄瓶。右上の猫ちゃんは、鉄でできた手ごたえずっしの素敵な代物でした。

デレデレなのは、猫なのか、人間なのか、不明である。の図。
ここまでされたら、次回も、必ずやお越しのことでしょう。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
iimoriには、「モーニングプレート」というのがあります。ある朝、ふと思いたって、篤子さんの家の階下にあるお店に一人で行き、モーニングを食べてきました。

見ての通り、新鮮なフルーツや果物、そしてチーズやハムがふんだんに盛り合わせてあって、「量、すんごくないですか!」
「撮影って言われたから、奮発してみた!」と、スタッフさん。
かわいいよね、そういう発想が。シェフィンのお店で働いている人は、みんな、「のびのびと朗らかに自分を生きている」。これは、特筆すべきことであ~る。

一人では全く食べきれないから、シェフィンにSOS! 一緒に食べることにしたんだけれど、朝は、業務連絡が各所から入るのか、電話しまくりーたでごわした。
この日は、パンがなくて、「下のお店からバゲットをとってきた」という朝。

このバゲットの激うまさ具合は、「私が人生で食べたバゲットの中で最もおいしい」と言いたい。
これを食べさせるために、私の帰国に合わせて、(バゲット大好きで、一人暮らしをしている)長男に対して、「バケット渡したいから、吉祥寺の家に帰宅しない?」と誘うレベル。

今週は、この二つの朝ごはんに目が奪われた! という週でした。
ごちそうさまでした!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
クラシック音楽好きにとって、ドイツはたまりません。篤子さんの家から徒歩圏内のオペラ座に行った様子をお届けします。

みおうちゃんは、学習院オーケストラの時の後輩ちゃん。学年も楽器も違うけれども、何だか気があって、仲良くさせてもらっています。
今回、フランクフルトに来るにあたり、みおうちゃんに連絡してみました。みおうちゃんは、旦那さまの仕事の関係でフランクフルトに20年住んでいるからです。
みおうちゃんが、iimoriまで迎えにきてくれて、保護者をバトンタッチ!

冒頭の写真もそうだけど、建物の作りそのものも、「ザ★本物」という感じ。そこでクラシック音楽を聴くということだけで、あがるぅ。


演目は、庄司紗矢香さんのシューマンのヴァイオリンコンチェルトを軸に、シューマンの交響曲とコダーイ。


オーケストラは、ヘッセン州立の管弦楽団。日本でいえば、都響(東京都交響楽団)といったところだろうか。
このオーケストラ、ものすごく、いい仕事をしていた。
この場合の、「いい仕事」」とは、穏やかさ、まろやかさ。
私が聴くのは、CDを収録するレベルのオーケストラで、その音を聞きなれている耳には、いい意味で、エッジが聴いていなくって。
それだけ、「日常の中に音楽がある」ということなんだと思う。
このオーケストラの演奏を徒歩圏内で聴けるなんて!!! それだけで、ドイツ移住を真剣に検討するレベルで最高でした。
人生で初めてヨーロッパに足を踏み入れたのは20歳だったと思うが、その時も感じた、「日常生活の中に、クラシックがある風景」、今回も健在で、とても感激した。


「オペラ座に行けるといいなぁ」と漠然と思っていた私を、オペラ座に連れて行ってくれた、みおうちゃん、どうもありがとう!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
iimoriは、ケータリングもしています。ケータリングのお料理の出発前、シェフィンが最終チェックをしている様子をお届けします。


日本人が思っているよりも、だし巻き卵って人気みたい。シェフィン自ら、巻きすを使って卵焼きを作ります。




シェフィンは愛を届ける料理人。今日も、人を幸せにするお料理たちが、シェフィンのもとを旅立ちました!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
今回は、ワイン愛好家のraffaele fazioさんが主催されている「ワインと篤子さんのお料理を楽しむ会」をご紹介します。

ワインを持ってお話されている男性が、raffaele fazioさん。彼は、ワイン選びとお客様の集客を担当しています。彼の丁寧な説明に、「ワインへの愛」を感じました。
さて。
いよいよお料理の登場です。一皿目は、黒塗りの籠に入ったお菓子たち。ちなみに、これで二人前です。


このマカロンは、普通の「お菓子のマカロン」です。甘いマカロンに、フォアグラとブルーベリーという組み合わせのハーモニーに、しょっぱなからノックアウトされた!

こちらは、マカロンとゴルゴンゾーラ。マカロンの甘さと、ゴルゴンゾーラの塩みがめちゃ、合う!

メレンゲ(もちろん甘いお菓子)と、西京みそ。こんな組み合わせ、考えつくもんなの!?

「クリームチーズ+パイナップル、それにシナモンのクリスピー。そして、心からのハート」という食べ物。
これも、「口の中にいる瞬間」を計算し尽しているんだろうなぁ、と推察される。
篤子さんがモカロールのバタークリームが溶ける瞬間について語った回は、コチラ。

そして、寿司が登場! このにぎりも、篤子さんが握ったそう。
篤子さんが一人で25人分をお料理を仕上げていくという会。構想も含め準備する時間は、約半日だそう。
この日の午前中は、リビングでアリーチェとおもちゃで遊んでいたよ! アリーチェの話は、コチラ。
どんだけ、余裕あるのよ????

篤子さんと一緒に過ごす多くの時間を、「一緒にスポーツクラブに行って取材という名のおしゃべり」をしている私は、篤子さんの「天才的な料理人」という側面に触れて、びっくりした、あるよ。
私が、「ザ★料理人篤子さん」に驚いている間にも、じゃんじゃん料理を作っている。


絞り出していたのは、「なす」の両脇にあるクリーム。カシューナッツとピーナッツのクリームだそうです。
このプレートも、手が込んでいることはもちろん、「過不足なく計算されつくされた味」なんですよ。。。

たこやき with イカゲソのネギしょうがあえ。
篤子さん曰く、「たこ焼きを、盛り上げてくれるのはイカなの! タコで統一しないのは、イカゲソの方が味が出るから」とのご見解です。

再度、プレートの写真でお料理を確認してみましょう。たこ焼き起点に時計回りで紹介します。
だし巻き卵に豆腐大根おろしといくら/焼きナスのゆずポン酢漬け/カシューナッツとピーナッツのクリーム/エビフライわさびマヨネーズ/ドライトマト
〆は、和牛のしゃぶしゃぶです。

raffaele fazioさんが、「和牛だよ~!」と、見せに来てくれた。

しゃぶしゃぶ風景、写真撮り忘れました。すいません!
満腹のお腹で篤子さんの様子を見に行くと、こんなお皿ができあがっていた。

「私、パティシエだから、デザート、張り切っちゃうのよね~」と、篤子さん。その様子からは、「お料理をするのが、楽しくて仕方ない!」というエネルギーが伝わってくる。

カメラを向けると、必ず変顔をするの、止めてもらえないかなぁ? 取材妨害です!!
でも、「ちゃんとした顔」だけだと、記事の仕上がりは、「素敵なドイツマダム」以上って感じになってしまう。
だから、「篤子さんらしさ」を伝えるためには、「変顔もアリなのかも?」と思う今日この頃であります。

上記の「ゆずのアイスクリーム」、美味しかった! 上にのっているのは、マジパンにエアブラシを使って緑色をつけた四つ葉のクローバー。ドイツでは、新年のご挨拶のモチーフの一つが、四つ葉のクローバーだそうです。
フィニッシュのお菓子は、こちら。お茶を飲みながら、頂きます。

【上の段】
白のチョコ:ローズマリーのチョコレート/黒のチョコ:日本酒とベルガモットのチョコレート/マジパンで作った馬蹄(これも新年を祝うアイテムだそうです)
【下の段】
ゴマとグランマニエ(オレンジリキュール)のチュイリー/カカオ分75%のブラックチョコレートとアーモンドキャラメルがけ
「食べるだけ食べた胃を、食後のエスプレッソで締める。それに合うチョコレートは、カカオ分75%の濃いチョコレートなの」と、篤子さん。
想像を絶するレベルで考え抜かれているんだろうね。ちなみに、篤子さんの親戚の方がウィーンで経営しているお店は、ミシュランをとったそう。
篤子さんの日々生活は、「にっぽんの庶民」であるワタクシの想定内の外で営まれているのであります。
この会の参加費は、ワインも含め130ユーロ。(約2万円)
1食に2万円をかける方々は、どんな方々かというと・・・。こんな感じです。


この手前の男性の奥様は小麦粉アレルギーだそうで、1皿だけすべてグルテンフリーで別のメニューを作ったそうです。。。
このワインの夕べは何回も開催されているが、二度と同じものは作らないそう。毎回、毎回、違うメニューを考え、それを一人で25人分作り上げるシェフィン! 天才すぎるだろ!
今回はコース料理だったので、「ちょっと参加をして写真を撮る」ということができなかった。
ドイツ人の中で、ドイツ語ができない私が寂しくないようにと、私のお相手をして下さったのは、篤子さんのシェアチャイルドのまきまき。

アリーチェは、お客様の人気者。これぞ、看板娘よね~。

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
篤子さんのシェアチャイルドの「まきまき」と、「まきまき」の娘の「アリーチェ」のドイツ永住許可がとれました。そんなお祝いの日の朝ごはんの様子です。

まきまきは、篤子さんの従兄の娘さんなので、少し遠めの姪御さん!?といったところだろうか?
まきまき曰く「ドイツに初めて足を踏み入れた時(15歳)に、私が、いるべきところは、ここだ!」と。
15歳以後は、まきまきは学校が休みのたびにドイツに滞在し、大学卒業後はドイツに移住。今は、篤子さんのビジネスを手伝っている。
「まきまきは、シェアチャイルドなの」、と篤子さん。
篤子さんの言うところの、「シェアチャイルド」。「これについては、一冊の本にしたい」と言うほどに、篤子さんは語りたいことがあるそうなので、別の機会に譲ろう。
飯守家では、祖母のことを、「おーま!」と呼ぶ文化がある。「おーま!」が何の略なのかはわからないが、祖母を表す単語であることを、私ですら理解している。(追記:オーマは、ドイツ語で『おばあちゃん』という単語だそうです)

アリーチェは、まきまきの娘さん。
まきまきとアリーチェは、篤子さんの住居の上の階に住んでいる。ゆえに、篤子さんの家は、「祖母の家に、娘と孫が頻繁に訪れている」という状態になっている。
子供が持つエネルギーは、すごい。一瞬にして、空気感が変わるもの。
私は3人とも男の子だったから、「女の子」という生き物を興味深く眺めている。控え目にいって、とっても、かわいい!!

そんな二人が、ドイツの永住権を獲得したそうだ。
篤子さん曰く、「世界広しといえども、外国人に永住権を与えるのはドイツだけ。他の国は、『永住権という名の10年ビザ』なのよ。ドイツの場合は、永住権がとれれば、永遠に外国人局に行かなくていいんだから!」と。
外国人局!? 日本は、どこにあるんだろう?
そんなことすら知らない私にとって、「外国に移住する」ということは、とても遠い話だけれど、外国で何年も就労しながら生活している人にとって、永住権が、どれほどの安心感をもたらすか、については想像はできる。
おめでとう!!!!
お祝いの朝食を食べたのは、篤子さんの家の3件ほど先にある美術館。に併設されているカフェ。


結構な人気店で、いつも行列ができているそう。この日は小雨が降っていたので、お店に入れたのだとか。

もりもりのパンケーキ。普通においしかった。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
日本が誇る寿司文化を、ドイツ人が体験します。今日は、シェフィンのお寿司教室の様子をお届けしましょう。

今日のお寿司教室は、午後6時スタート。
5時50分、お客様をお迎えする直前の教室風景を撮影しました!

サーモンやマグロはもちろん、あぼがどやシーチキン、とびっこなど、「SUSHI」のイメージの具が並びます。


上記の写真、よ~くみると「醤油瓶」がある。洋風コーデに醤油瓶って、異彩を放つと思うのは、私だけですか?

従業員と一緒に準備をするシェフィン。カメラを向けると、すぐに変顔をする。シェフィンの性格を、一言でいうなら、志村けん。だって、上記って・・・
「アイーン!!」だよね。。。

職人さんの手により、大きな寿司桶に、寿司飯が運び込まれる。
いよいよ、シェフィンの寿司教室の実演がスタートです!
ドイツ語をペラペラと操り、お客様をドッと沸かせながら、寿司の作り方を説明するシェフィン。恰好いいっす!!

それにしても、どこの国のおじさんも、話を聞く時に腕を組むのね。。。「アミューズメントの寿司の実演」を、聞いているだけなのに(笑)

実演が始まる前に、軽く乾杯をして、その時につまむ用の前菜。たこ焼きもあるよ。
この日、わざわざシェフィンに、「たこ焼き」を持ってきて、「この中に入っているものは、何だ!?」と、尋問しているドイツおじさんがいた。挙句・・・。
俺はタコなんて、食べられない!! と、絶叫。
「タコを食べるのは日本人くらいだ」という話を、聞いたことがあったが。
「タコを食べて、激高しているドイツ人」を目撃させて頂くと、そういった話が腑に落ちるってもんです。
そんな彼らが、いよいよ、寿司を作成していくー♪

フランクフルトは金融の街。今回の会は、そこで仕事をする高学歴な方々が交流を深めていたらしい。この人たち、エリートざんす。言われてみれば、賢そうな顔をしている。

そいでもって、ドイツ人が作成してた寿司。破綻してるけど、大丈夫そ?

名刺交換なども、じゃんじゃんしていた。きっと将来、「iimoriの寿司教室で一緒だった〇〇です」みたいな感じで、仕事案件を推進する人もいるであろう。
これぞ、同じ釜の飯を食べた中。おー、素晴らしいね!

ドイツ人おじさんたちが親睦を深めている中、別室で踊るシェフィン。(深い意味はありません)
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

篤子さんの家にいると、「全く家事をしない」ということも可能なんだけれど、それだと体調崩す。。。
「適度な家事」は、自分のペースを整えるために必要みたい。
そんな訳で朝ごはんは、自分で作っています。と、いっても、篤子さんの家の冷蔵庫を開けて「あるもの」を並べているだけだけどね。

紫キャベツのサラダ/シーチキンとパクチーのサラダ/マンゴーのキムチサラダ/チーズ/トースト(たらことクリームチーズを添えて)/珈琲

人参のサラダ/紫キャベツのサラダ/シーチキンとパクチーのサラダ/カマンベールチーズ/おでん/白米/白湯

グリーンサラダ/たらこのオムレツ/トースト/珈琲/ぶどう

紫キャベツのサラダ/リンゴとゆずのサラダ/ドライトマトのサラダ/牛ほほにくの煮込み/ひよこまめのディップ、フランスパンを添えて/お茶

リンゴとゆずのサラダ/鮭/紫キャベツのサラダ/マンゴーのキムチサラダ/たんドリーチキンのズッキーニ添え/ひよこ豆のディップ&オリーブ/米/お茶

牛ほほ肉の煮込み/鮭/マンゴーのキムチサラダ/リンゴとゆずのサラダ/寿司ロール/春巻き/えだまめ/ひよこ豆のディップ&オリーブ

えびの何か。/じゃがいもグラタン/マッシュルーム/卵とじ/中華サラダ/たんドリーチキン/白米/お茶/プティフルール/みかん
ごちそうさまでした!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

ー このケーキのポイントは?
バタークリームの好きな人が楽しめるケーキ。ネスカフェのインスタントコーヒーの香りがポイントなの。
ー インスタントコーヒー!?
そうよ。ケーキ生地には、うちで淹れたエスプレッソを使っているけれど、バタークリームの香りづけには、インスタントコーヒーを敢えて使うの。
「ネスカフェのインスタントコーヒー」という商品は、ネスカフェ社が全精力を傾けて「珈琲の香りを粉に閉じ込める」ということをやっている訳でしょ?
それを使わない手はない。
(バタークリームの材料である)バターや卵の中に入った時に、インスタントコーヒーの方が強く香りを主張してくれる。
強く香りを主張してくれるから、バターのフィットな香りの中にあっても、負けないの。お客様には、その香りを楽しんで欲しいの。
バタークリームについては、もう一つ。「口にいれた時の溶ける速度」を大切にしている。
バタークリームって、めちゃめちゃカロリーが高い。
成人女性が一日にとってOKなカロリーが2000カロリーだとしたら、その人にとっては、「1食分のカロリーを費やしてでも食べたいケーキ」でしょ?
だからこそ、舌の上で溶ける速度が重要なの。溶ける速度が10秒かかってしまったら、としたら、もう胃袋に行ってしまっている。
胃袋では味わうことができないから、遅いの。舌にあるうちに溶けないと。
(人間の体温である)36度~37度で、何秒後にバターが溶け始めるのか? ベストな瞬間を狙って、バターや卵の配分を考えたりするのが、私、超・大好きなの!

シェフィンからは、「好きな時に、(住居の)下のカフェで好きなもん食べていいから。全部、無料よ」と、言われている。
だが、しかし。
まーじーで、気をつけないと、太ってしまうよなぁと自重している今日この頃です。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

シェフィンの旦那様であるミヒャエルさん(ダムさん)は、ハーバード大学に留学経験のあるお医者様。必然的に、お友達はお医者様が多い。
私がドイツに来て2週間が経つが、ダムさんが「自宅遊び」をしているのを、既に3回、目撃している。(2回はご自宅、1回は相手のおうち)
日本人男性は、「平日の夜、友達と自宅で遊ぶ」って、あんまりないよね。。
何なら、休日ですら「自分の家で友達と遊ぶ」という習慣がある男性は少ないと思う。どうだろうか?
ダムさんは、結構な頻度で、「自宅で一料理を作って一緒に食べる」という遊び方をしている。
これが、ドイツ男子の遊び方なのかしら?
ダムさんは、「今日は、僕がジャガイモのグラタンを作る」と、張り切っていたそう。シェフィンはジャガイモを買って台所に置いて、私と一緒にフィットネスにでかけた。
帰ってきたら、グラタンがオーブンの中にいた、あるよ。

左はシェフィン作の「エビの何か。」だったが。
この日は、基本的にダムさんベースで、お料理づくりが進行されていた。
瞬殺で「パーティー料理」を作ってくれる妻がいるのに、自分でジャガイモグラタン作って、友達をもてなす・・・。
ザ★男の手料理。ダムさん、渋いな。。。

料理が完成して、ダムさん&友達(ともに医者)と乾杯をするワタクシ。

ダムさんの傍らで猫とたわむれるシェフィン。このチョコ、超・高級なんだって!
そーですよね。。。パティスリーのマダムにお菓子持っていくって、ハードル高いよね。
ちなみに私は、鳩サブレの缶をお土産に持ってきました。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

ドイツに到着してから今日で2週間。滞在予定は1か月なので、折り返し地点となりました。
本のイメージが見えてきて、シェフィンに、「本の方向性、打ち合わせしたいんですけど」と、お願いしました。
「ほいほい、オッケー!」
シェフィン、何でもオッケーなんだよね。。。。
私が書いているブログだけで伝わらないのは、シェフィンのライトな軽さ(頭痛が痛いって感じよね、コレ)。
シェフィンが従業員の方に「冷蔵庫の電源消したか、確認して」と依頼されていたという話を以前書いたけれど、「その軽さ、どんだけ?」と、いつも思う。
ワタクシ、長年、色々な方を取材して参りましたが、私の中では、「ステージが高い人ほど、エバらない」という法則がある。
ステージとは、人格的な話はもちろんだが、社会的なステージもおのずとついてくる。
ステージが高い人ほど、「この人に、何を言っても大丈夫!」という空気感を醸し出しているのです。これ、世の真実!

店内に飾られている絵は、シェフィンが描いたものです。モデルは、歴代の飼い猫ちゃん。

左端の猫ちゃんの妹ちゃんが、現在の飼い猫の最長老。下記の写真の真ん中にいる猫ちゃんです。
「篤子さんのお家」より抜粋
私に懐いてくれている「ごろ助(上記写真右端)」は、下記の絵ではダンスをしています。

ちなみに、シェフィンの実のお父様は、清水建設のロゴデザインなどを手がけられた著名なデザイナーさんです。
シェフィンの絵の上手さは、「絵心ある」というレベルじゃないのかもねぇ。。。
ちなみに叔父さん(実父の弟)は、飯守泰次郎先生です。どんだけ芸術一家なの!?

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの本を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
昨晩は、篤子さんのお店で、フランクフルト在住の日本人方々の異業種交流会がありました。その様子をお届けします。

「外国在住のお友達」って、いますか? 私は、いません。
今、自分がドイツにいるので、全く説得力はないが、「外国に住んでいるって、すごぉい!」というレベルで、私にとって、「外国に住む」って、他人事なんです。
だから、「フランクフルトに、こんなに日本人がいるんだ!」って、ビックリした。
しかも、最初にお話しした人は、「20年来フランクフルトに住んでいるけれど、この集いに来たのは初めて!」とおっしゃっていたから、この集いにいらっしゃっていない日本人の方というのも、これまた、相当数いらっしゃるんだと思う。
飯守市場の調印式の時に、ナチュラルに日本食材を買いに来ている日本人の方をお見掛けした。
フランクフルトで生活を営んでいる日本人
そんな人は、私が想像する100倍以上は、いらっしゃるんだと思う。
そんな中で、話の中心にいる篤子さん。「シェフィン!」って、みんなに慕われている。



この会の会長は、隅田貫(すみた・かん)さん。
「どうして、このような会を開催しているんですか?」と、聞いてみると。
「現地で逞しく生きている女性のことを、駐在でドイツに来ている男たちは知らないといけない」といった趣旨のことをおっしゃっていた。

ここだけの話、私、「にっぽんのおじさん」とゆーものに、不信感が強くて。
「にっぽんのおじさん」は「マジョリティー オブ マジョリティー」であるがゆえに、変わる気があんまり、なさそう。。。。そこが、「どーしたもんか」と思う。
隅田さんは、ドイツ歴が長いせいか、当たり前ながら「海外から見た日本」という視点をお持ちで。
「これから人口減が始まる日本の在り方を考えるのに、ドイツはひとつのベンチマークになる」
そんな趣旨のことを、おっしゃっていて、とても共鳴した。
日本の人口はドイツ(8000千万人)くらいになると予測されており、その人口規模で、世界4位(日本は3位)の経済力を誇るドイツ。
そこには、どんな工夫や仕組みがあるのだろうか?
隅田さんは、ドイツの生産性の高さについての講演をされているそうなのだが、必ずぶつかるのが、「ドイツ『では』ですよね?」という反論だそう。
わかる、わかる、めちゃ、わかりみ~!!!!
私もギフテッドの取材を通じて、「海外の教育制度」の記事を書くが。
「日本の読者さんに、どうしたらストンって届くかな?」って、すごく考える。
たとえば、下記の記事は、デンマークのギフテッド教育の話なのだが、いきなり「デンマークでは」と話を始められず。
「ギフテッド支援を考える上で、なぜ今、北欧なのか?」という「前座」を私が語る必要がある。
さらに。タイトルには、「デンマーク」という単語はいれられない。「デンマークでは」なんて書こうものなら、「自分には関係ない話だ」とクリックすらしてもらえない可能性が高いから。
日本の未来を考える時、「ではの国」問題。は、わりと深刻な問題だと思っている。
篤子さん撮影です。

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
調印式見学の帰り道、篤子さんが近所の散歩に連れていってくれた。
「ぴかりん、あまりにも家から出なさすぎだから、『本当にドイツにいるの?』って言われちゃわない?」と、証拠写真も撮影。

ここは、レーマー広場。
フランクフルト随一の観光名所らしい。篤子さんの家からは、徒歩3分程度です。
写真を改めてみてみると、めちゃドイツっぽいよね~。
このブログを書き終わったら昼休みなので、散歩がてら、再度、しげしげと眺めてきます。

近所の市場も、ぐるっと巡る。
お肉屋さん、チーズ屋さん、パスタ麺やさんなど、よりどり・きみどり・あおみどり♪


基本的には、理解の範疇を超えるものは売っていなかったけど、上記の写真はぎょぎょ!
豚の生肉は、食べないだろ!!!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
これまでは、「飲食店経営者としての篤子さん」を、紹介してきた。
実は、篤子さんは、不動産事業も営んでいる。家屋物件や店舗物件、そしてビルなどを所有されているそうだ。
今回は、持ち物件の調印式に同行した時の話です。

このビルの1階では、「飯守市場」として、日本食材や日本酒、日本食(おむすびやラーメン)を提供している。。
今回、調印式が行われたビルは、800年前に建てられた市壁が隣接している。

当時、ユダヤ人は、市内に家を持つことができず、この市壁で、住む場所が分けられていたそう。歴史の名残を色濃く残しているのが、この市壁なのだ。
篤子さんのビルの地下には、当時の壁が、そのまま残っている。

こういった遺跡が残っているのは、フランクフル市内唯一で、ユダヤ人の歴史団体から、「ビルの地下に、歴史ギャラリーを作りたい」と、申し込まれたそう。


今は、まだ何も展示されていないけれど、これから、どんな展示がなされるのだろう? 次回、フランクフルトに来る時は、このギャラリーにも寄ってみようと思う。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
一週間の始まり月曜日、皆様、いかがおすごしでしょうか?
ドイツに来て、2回目の月曜日です。
このブログを書いているパソコンは、日本時間のまんまなので、15:58PMと表示されています。でも、ドイツは8時間遅れの時差なので、只今、7:58AMです。
突如、ドイツに連行されたワタクシの身体さん、最初はビックリしていたご様子ですが、到着して10日目あたりから、「これが、今の日常なんだ」と、認識してきました。
まぁ、日本国内での引越だって、最初の10日間くらいは、落ち着かないものね。。。
篤子さんのお店、週末はランチビュッフェをしているそうです。
今日は、それを写真でご紹介しましょう。


不足しがちなお野菜を、たっぷりここでは採ることができます。

やきとりや、から揚げ、春巻き、そして、たこ焼きまであります。人気のカレーパンは、高さのあるトレーに盛って。

ザ★SUSHI。
日本が誇る食文化なんだと、海外に来て気がつく。人気があります。
お好み焼きもあります。

デザートコーナーには、iimoriパティスリーの人気ケーキが並びます。
この日のお昼は、ミヒャエルさん(旦那様)のお医者さん仲間のパーティーが、篤子さんのお家で行われていました。
美食三昧。
スポーツクラブに行って、太らないように気をつけなきゃ!
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

料理長が男性の場合はシェフ、女性の場合はシェフィンと呼ばれるそうだ。
「iimoriパティスリー」のシェフィンである篤子さん。従業員の方からは、「シェフィン」と呼ばれて慕われている。
昨日。
夜、自宅で寛いでいると、シェフィンの携帯がなった。
「シェフィン、今、どこにいる? あのね、今日、抹茶タルトをいれている冷凍庫の霜取りをしたんだけど、掃除をした後に、スイッチを入れたか自信がないの。見ておいてくれないかな?」と、従業員さんから電話がかかってきた。
「オッケー、オッケー!」と、二つ返事のシェフィン。
この光景、すごくないですか? 社長に、従業員から「冷蔵庫の電源チェックしてくれない?」と電話がかかってくるのだから。
でも、わかる。
篤子さんが、「あ、いいよぉ~」と心から(←ここが重要)言って、お店(住居の階下にある)に、ちゃちゃっと行って冷凍庫の電源をチェックする姿が容易に目に浮かぶ。
従業員から頼まれごとをする社長、マジ、格好いいっす!
また、別の日。
自宅の玄関ベルが鳴ったので出てみると、かつて働いていた従業員の方。
「クッキーを作ったから、シェフィンに届けにきたの!」と、ラッピングされた手作りクッキーを手渡しされていた。
それも、す・ご・く・な・い・で・す・か?
かつての(←ここが重要)従業員が、手作りクッキーを届けてくれるとか、どんだけ慕われているんだよ。
ギフテッド応援ブックの帯に、花まる学習会の高濱正伸先生が「ギフテッドは安心できる居場所で育つ」という言葉を寄せてくれたけれど。
人が生きていく上で、安心できる居場所。ほど必要なものはないと、ヒシヒシと感じる昨今。
従業員の方に、それを提供できているシェフィン、恰好いいっす!!!

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
この写真は、階下に降りていく途中にあるカフェの小部屋。
篤子さんの世界観に作り込んだ非日常な空間で、ウィーンフィルハーモニーを一緒に聴く。
篤子さんは、「素敵じゃない?」と思ったことを、ただ、やっているだけ、というような話をしていた。
「to do」でもなく、もちろん、「must」なんかでもなく。
「それがあったら、素敵じゃない?」 そんな世界をこの世に作り出している、と。
これ、文章でいきなり書くと、「は!?」という感じかもしれないんだけれど、
篤子さんと生活を共にして、篤子さんの言動を眺めることが日常になりつつある今、「本気で言っているんだろうなぁ~」と、しみじみ思う。
この空気感を、どうやったら本に反映できるのかなぁ?

寝込んで4日目。喉が、痛烈に痛い。
「ヨーロッパの乾燥した空気に喉がやられてんだと思う。スポーツクラブのスチームサウナが効くのでは?」と、篤子さんと一緒にスポーツクラブに行くことになった。(実際に”当たり”で、今は自分の部屋にスチームを焚いてもらってます)
スポーツクラブからの帰り道、「そういえば、ドイツに到着して一週間、篤子さんの家から一歩も出ていない(スポーツクラブにだけは行っている)」ということに気がつく。
「篤子さんの家」と一言でいっても、カフェや工場や倉庫など800平米あるそうで、家の中では結構、動いている感じではあるが。。
家がある場所は、観光地のど真ん中にあるらしいので、そろそろ周辺調査も開始したいと思い始めました。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

今日は、本来は、パリに行く日でした。
だが、しかし。
体調不調3日目で、本調子ではなぁ~い!
二日間寝倒したので、「頑張れば、行けなくもない」といったレベルの体調。
もし、私がパリに行けなくとも、篤子さんはパリで用事があったので、私はフランクフルトの家でお留守番となる。。
めっちゃ、心細いやん。。。。(フランクフルトの家には、篤子さんの旦那様でお医者様のミヒャエルさんや、日本語が話せるスタッフの方もいらっしゃいますが)
それをもってしても、「篤子さんがいないフランクフルトは、ドイツに来て5日目の私には、ハードル高すぎる!」と、私は思った。
【結論】
何がなんでも、パリにいく!
そんな決死の覚悟で朝、身支度をしていたら、ラインに篤子さんから、こんなメッセージが。
パリ行きの列車は雪の為、キャンセルされた~。ゆっくりしていいってことにゃ。
これを神の思し召しと言わずして、何と言おうか。
そのまま布団に舞い戻り、爆睡。只今、昼過ぎです。
ようやく、「何かをしようかな!」という気持ちにが出てきたので、リビングでパソコンを広げているところです。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
ドイツに到着してスポーツクラブの手続きが終わった後は、2日間、篤子さんの取材をしました。(想像していた数倍は、すごい話だった・・・。)

取材は、スポーツクラブ(初日に入ったやつね)のプールサイドのデッキに座って行っています。サウナ入ったり、泳いだりしながらね。
篤子さんの「話」を聞くだけでも、凄すぎる! のに。
その合間に見せて頂く、篤子さんの日常生活もすごい。
たとえば、経営しているカフェが人気すぎて人で溢れかえっている様子とか。そのカフェから大きなケーキをもらってきて、お茶をするとか。
篤子さんにしてみれば、本気の本気で、「ただの日常」なのは、わかる。。
けれども、私にとっては、一つ、一つの情報量が多すぎて、脳内の消化が追い付かない。
たった4日一緒に生活をしていただけなのに、風邪をひき、終日、寝込んでいます。
マジで、ベッドから起き上がれない。
寝込まないと、頭の中の情報量の消化が追いつかないんだと思う。
わかりやすい言葉でいえば、カルチャーショック!?
素直に体からのSOSを受け取ることにしました。
篤子さんは、「そんなに頑張んなくていいからね~」と優しい声をかけてくれる。
うん、わかってる。。。
けれども、目の前の繰り広げられる情報を咀嚼するだけで、全力で一杯一杯な5日目です。
こんなドイツ到着早々の日々を、笑い話にできる日が来ると信じたい。
明日からは、篤子さんのパリの会社を見にいくべく、2泊3日の旅が始まります。
今日は、ゆっくり身体を休めようと思う。

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

私は、篤子さんの家のゲストルーム(シャワートイレつき)に滞在しています。
篤子さんが家族のために作ってくれる食事にジョイン。
篤子さんは、飲食業をやっているだけに? いや、もともと才能があるのかしら?
とにかく、魔法のようなスピード感で、じゃんじゃん、料理ができてくる。
ある日の夕食は、こんな感じ。

・サラダ
・白和え(ひよこ豆が入ったバージョンでおいしかった‼)
・ゆりの芽の煮物(煮物の味も最高。主婦として嫉妬を感じるレベル)
・白きくらげの酢の物。

私が夕寝をしている一瞬で、これだけの品数ができていました。
毎日、こんな感じのお食事です。
ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。

篤子さんのフランクフルとのお家は、写真の通りの大豪邸です。
私が雑に撮影した写真だと、申し訳ない・・・。
溜息が出るレベルで,
素敵!!!
家具はすべてアンティークで、美術館に置いてあるレベルの本物らしい。。
うん、それは伝わってきます。 風格が全く違います。
猫が六匹います。きゃわいい。

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ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
ドイツに到着したのは、夕方だったので、篤子さんが作って下さった夕食を食べて、バタンキュー。
翌日に、まずしたことは、スポーツクラブの入会でした。
ドイツに来る前から、「お風呂に、湯舟がない」ということに怯えていた私。
なにせ、日本では、朝と夜、2回湯舟に浸かる生活をしていますから。。。
そしたら、篤子さんが、「一緒にスポーツクラブに入ろう!」と、入会手続きに連れていってくれた。
現地に住んでいるならともかく、フランクフルトに住所がない私も入れるのかな? な~んてことは杞憂で、サクッと、会員になれました。
受付手続きをしてくれた女性は、移民だったらしく。
そんな彼女に、篤子さんは、何かしらの励ましの声を掛けたのだろう。
帰る時に、その女性が、「あなたに会えてよかった!!!!」と、心から篤子さんに伝えていた。
経営者の方は、従業員の方が「この人と一緒に働きたい」という器の人が多いのだろうけれど。
篤子さんの人格力は、スポーツクラブの受付の時にさえ、発揮されるんだな~って、感銘を受けた。

ドイツとフランスで事業をされている飯守篤子さんの自伝を書かせて頂くことになりました。取材のために、ドイツに1か月滞在します。そんな日々の覚書。
ドイツに到着しました。
フランクフルト空港までは、篤子さんが車で迎えにきて下さるということだったので、深くは考えていなかったけれど。
飛行機から、荷物ををピックアップするまでは、一人で進まなければなりません。
その心細さたるや!!!
篤子さんは、40年近く前に、カバン一つでドイツにやってきたそう。
「40年近く前に、篤子さんは、この空港にカバン一つで降り立ったんだよなぁ。。。」
そんなことが、痛烈に身に染みる・・・。
「本を書くための取材」という意味なら、ズームを使ったり、篤子さんが日本に滞在されている時にお話しを伺うこともできたと思う。
けれども、自分がフランクフルトに来ないと、感じとれないことは確実にある。
来て良かった!
そんなことを感じた、ドイツ滞在第1歩目ででした。